弟が迎えに来た

「兄上!」

早朝の、外からの大声に、エリックは目を覚ます。



「ここまで聞こえるって、どういう声をしているんだ」


城門から客室までは距離もあり、けして近くはない。

エリックはベッドより下りて、用意されていた服に袖を通し、自分で来た。


ルアネドはエリックの名を聞いた時に、何かあって王城に匿うことになっても大丈夫なようにと、エリックの服を用意させていた。


身だしなみを整えているとドアをノックされる。




「失礼致します。アドガルムの公爵様がお目見えで、応接室でお待ちになっておりますが…」

侍女が戸惑いながら説明してくれた。


早朝の訪問者にさぞビックリしただろう。


「ありがとう、すぐに行く」




「兄上!本物、ですね!!」

会えた瞬間、ティタンは嬉しそうな声をあげた。

エリックも懐かしさと自分をわかってくれたという安心感で、安堵のため息が出る。


元気で素直に感情を表す、実の弟だ。

変わらない。


「ティタン、元気そうで何よりだ。髭まで生やしたのか。ふふ、似合っているぞ」


十年という歳月はお互いの容姿を変えた。


やや貫禄が出た顔つきと顎に生えた髭。

鍛えている体は相変わらず逞しい。

短い薄紫の髪と黄緑の瞳は優しい光を称えている。

腰には帯剣をしていた。



「少しは威厳が出るかと思い生やしましたが、娘には不評です」

自分の顎を摩り、ティタンはすっかり小さくなってしまったエリックに、膝をつく。


「きっとどこかで生きていると信じていました。兄上の席は、あれから誰も座ることはありません。兄上だけの場所です」


「厳密には、違うのだがな」


体は違う人のものだ。


この体の持ち主の魂が今どうなっているかは、エリックにはわからない。

自身が目覚めた時に、奪ってしまったのだろうか。


「えっと、おはようティタン様。早いですね」


ルアネドは眠い目を擦っている。

一応着替えて、身だしなみは整えていたが、目はトロンとしていた。


「ガロンに聞いたんだ、ティタン様が来たと。まさか単身でここまで来たのかい?」


ティタンならやりかねないとエリックは思ったが、首を横に振っている。


「さすがに一人ではダメだと言われ、護衛は連れてきました。しかし、途中で置いてきてしまった。行き着く先は同じなので、直に来ると思います」


一晩馬を飛ばし、ティタンはパルスまで来たそうだ。



護衛となる騎士を置いてくるとは、どれだけ馬を走らせたのだろうか。


「相変わらず体力バカだな」


馬も凄いが、乗り続けられるティタンの体力も凄い。

暗い中走らせる集中力も相当大変だろう。 


「兄上に会えるならば、これしきのこと簡単です。では共にアドガルムへ向かいましょう。レナン様もお待ちです」


「待て。お前の馬に乗るのか?この体ではそんな強行軍に耐えられはしないぞ。それに朝食もまだだ」

さすがに焦りすぎだし、馬も休ませたい。

ルアネドもまぁまぁと宥める。


「ティタン様あなたの気持ちもわかるけど、落ち着いてくれ。私達も今起きたばかりだから、ちょっと頭が混乱している。今朝食と馬車を用意するから、待ってほしいんだ。今から来る護衛も休ませてあげた方がいいよ」


多分疲労と心労で疲れているはずだ。

護衛なのに主と離れたとあっては、かなり焦ってると予測される。


「かたじけない、ルアネド様。助かります」

ティタンは深々と礼をする。


「三人で話をしながら、ゆっくり食事にしよう。久しぶりに会うのだから」


ルアネドは嬉しそうだ。

エリックがいなくなってから、アドガルムを訪れる事が減っていたのもあり、こうして気兼ねなく話すなんて、しばらくぶりだ。


「色々変わった事も聞きたいしな」

エリックも同意する。


「俺も、兄上がどのように過ごしていたのか、凄く気になります」

「あまりいい話ではないぞ?」


エリックもティタンも嬉しそうだ。







「エリック様…お久しぶりです…」



三人が朝食を取り談笑していたところに、ようやく護衛の二人が着いた。

青褪めた顔をし、肩で息をしながら。


「うむ。ルドもライカも変わらないな。やはり二人一緒か」


やや年齢を重ねているが、概ね昔と変わっていない双子騎士に声をかけた。

この二人は強い忠義で昔からティタンに使えているが、やや振り回されたりしている。


エリックからの言葉を受けた後、二人は、若干恨みがましい目をティタンに向けた。


「ティタン様…今後はお一人で行かないで下さい。一応、護衛なので」


崩れ落ちるように膝をついている。


「あぁ、すまん」

ティタンは軽く応えた。


「ご苦労だったな二人とも。これからアドガルムに戻ろうと思ったのだが…まだ馬には乗れるな?」

エリックの意地悪な言葉に、二人の目は絶望に彩られる。


「…二人とも馬車に乗りなよ。馬は後から打ちの兵士に送らせるから」


二人を可哀想に思ったルアネドがそう提案する。


「四人でゆっくり馬車で帰ればいいさ、アドガルムだって、まだ迎え入れる準備してると思うよ?早くに着きすぎて準備が終わってなかったら、せっかく頑張っているあちらの者達が可哀想だ」


朗報を聞いて、きっと慌ただしく動いているはずだ。


ルアネドは会うまで時間があったのでしっかり準備が出来たが、アドガルムに連絡がいったのは昨日の深夜だ。


てんやわんやに違いない。



「二人もどうぞ。こんなになるまで頑張ったんだから、少し休みなよ」

護衛二人の朝食も準備させていたため、ルアネドは食べるように促す。


ルアネドの優しさが沁みる。



しかし、二人はまず主の許可を得ないと動く事は出来ない。


「ルドもライカも頂くといい。美味しかったぞ」

視線を受け、さすがに空気を読む。

ティタンの言葉に二人は感謝の言葉を述べた。


「「…ありがとうございます!」」






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