安否確認
ご丁寧に憲兵の制服まで着てきた国王に笑いがこみ上げる。
「相変わらず真面目だ。まさか最初から最後までいたのか?」
国王へのタメ口に他の者が剣に手を掛ける。
「止めよ、私の古い友人だ」
他の者を下がらせ、国王ルアネドは溜め息を吐く。
「エリックと言われ、まさかなと思ったが…その口調紛れもなくお前か。随分縮んだな」
名を呼ばれた少年は静かに国王を見返す。
「すんなり信じるんだな。どのエピソードを言えば信じて貰えるか頭を捻らせていたのだがな。ロゼッタ妃の話か、オスカーの話か」
「その二人の名が出れば充分だ」
国王の妻と従兄弟の名前だ。
「間違いなくお前はあのエリックか…何故このような事に」
パルスの国王は涙を流した。
十年前に死んだはずの友人との再会だ。
押さえようとしても自然と溢れる。
「今は泣くな。俺もまだ知りたいことが山程あるんだ。情報が欲しい。妻は?子ども達は?弟はどうなった?」
国王の専属従者、ガロンが人払いをする。
涙を堪えつつ、国王は話していく。
「皆元気だ。アドガルムも恙無く国政を行なっている」
少年は生前住んでいた自国の名を聞き、ホッとした。
「今の王はリオンか?」
優秀な下の弟の名を出す。
国王は首を横に振った。
「アドガルムの今の国王は、アルフレッド様のままだ」
「父上が?孫が生まれたら引退すると聞いてたのに。では次の王太子はどうなるんだ。それこそリオンだろ?それともまさかアイオスか?」
弟をと息子の名前を伝えるが、それすらもルアネドは、否定した。
「レナン様は、王太子妃のままだ」
まさかエリックは鬼の形相で詰め寄る。
「まさか、誰かと再婚したのか?!俺が死んだから…!どこのどいつだ!」
少年の足元から冷気が放出される。
怒りのあまり、魔法が滲み出しているのだ。
「違うよ。レナン様は空席の王太子の隣で、ずっと待っているんだ。お前の帰りを」
「はっ?」
予想外の言葉に魔法が霧散した。
部屋の温度は下がったままだが。
「リオン様が王太子代理を努め、公務の際は一緒に回るが、彼の妻のマオ嬢も常に一緒だ。レナン様には護衛のキュアもついている。おかしな事にはならない」
「意味がわからない…俺は、死んだだろうが」
エリックは床に座り込んだ。
「あぁ、国葬も行われた。だが遺体は見ていない。ティタン様に聞いたが、エリックの死体は花びらのように細かくなり、儚く散ったそうだ」
どういう事なのか。
整理が追いつかない。
「何故レナンが俺を待つ?アドガルムは何を考えている?」
死んだ者のため、その席を開けておくとは。
周辺国からも奇異の目で見られているだろう。
「わからない。ただティタン様から言われたんだ。エリックが見つかったら教えて欲しいって」
上の弟の名だ。
「俺を探していた…?」
「言われて俺も懸命に探したよ。でも、見つけられなかった。君はどこにいた?」
少年は経緯を話す。
「あぁ。もしかして、父親が認めなかったから、出生届自体出されてないのかも…そしてきっとあまり外に出されなかっただろう。今更調べてもどうしようもないな」
新しい子どもが生まれたら、必ず確認をしていた。
国王は頭を抱える。
「ガロン、今後同じことがないようにきつく言ってくれ。十年も経ってしまうなんて、何と詫びたらいいのか…」
もっと早くに見つけていればと後悔している。
「過ぎたことはしょうが無い。それよりティタンと通信は取れるか?」
「出来るはずだ」
国王は自身の通信石を出した。
「そう言えばニコラはどうなったんだ…?」
弟と話す前に、意を決した。
知りたくて知りたくなかった事。
自分に忠誠を誓っていた従者の話を。
「ニコラは、エリックが死んだと共に亡くなったと聞いたな…その後は何も」
「そう…か…」
主の命が失われると、共に命を失うという魔法が従者には掛かっていた。
しかし少年は何の影響なのか、こうして生きている。
従者もそうなのでは、と淡い期待をしたのだが。
目を瞑り、唇を噛みしめる。
「…では、通信するよ。こんな夜中だから、どうだろうか」
すっかり話し込み、今は深夜だ。
「ルアネド様、どうされました?」
ルアネドの通信石から聞こえたのは、しばらくぶりに聞く弟の声だ。
少年は嬉しくなる。
「深夜に申し訳ありません、ティタン様。火急の用事があり、連絡致しました」
国王が伝えてくれる。
「火急の用…何でしょうか?」
国王に話すように促された少年は、すぅっと息を吸った。
「久しいな、ティタン」
暫しの間が開く。
「まさか…兄上?!!!!」
ようやっと思いあたったのか、通信石越しでも大きい声が響いた。
「ミューズ嬢に聞こえるだろ、声を抑えよ」
弟の妻の名を出す。
寝室から別室に移ってはいるだろうが、この声量ではどこにいても聞こえていそうだ。
「申し訳ございません。まさか兄上の声を、また聞くことが出来るなんて…しかし随分声が高くなったような?」
「声変わりもまだだから、仕方あるまい」
十歳の声なんてこんなものだと少年は言う。
「今、十歳なんですか?ちょっと待って下さい…えっ?」
どうやら混乱しているようだ。
無理もない。
「俺にもわからない。とにかく今はそういう状況だ。困惑するのはわかるが、一先ずレナンに連絡をしてもらいたい」
まだ妻に伝えられていないのだ。
すぐにでも会いたいのに、もどかしいものだ。
「そちらから直接レナン様に連絡した方が良いのでは?その方が喜ばれると思いますが」
少年の代わりに国王が応える。
「それが、私はレナン様の連絡先を知らないので出来ていないんだ。良かったらそちらで伝えてくれ」
連絡出来るようにするには、相手の魔力を通信石に通さなくてはならない。
生前の少年が許さなかったので、少年の妻の通信石は異性の者と通信できないようになっている。
「わかりました、こちらで伝えていきます。ちなみに兄上は今どちらにいるのですか?パルスの王城でよろしいですか?」
迎えに行くので、と言われた。
「とある子爵の家だが…」
説明が難しい。
「今から私とパルスの王城へ行く。そちらに来てもらって構わないよ」
「ルアネド、いいのか?」
生前は友人だったが、今はただの平民だ。
しかも一応仕えていた主が犯罪をおかして事情聴取中なのに。
「この国で私の言うことを聞かない者がいるわけがない」
きっぱりと国王は断言する。
「では待ってるよ、ティタン様。それまで君の兄上は国賓扱いで優遇させてもらうからね」
少年への最高のおもてなしを約束された。
「ルアネド様、ありがとうございます!」
通信石越しに聞こえた声は感謝に満ちていた。
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