国王との対面

けたたましい音を立て、窓とバルコニーを破壊する。

それを確認し、氷の矢を消した。


少年は力いっぱい自分の頬を殴りつける。

血の味が広がった。




暫くそこで倒れていると、誰かが駆けつけてくる。


「大丈夫か?!」

「賊が、あちらへ…」

力を抜いた手で茂みの方を指差す。


昼間の掃除の際、人が通ったように細工していた。


少年はそこで気を失った演技をする。




「大丈夫か!」

子爵がわざわざ少年のところに来た。


腫れ上がった頰を見て、子爵は激怒した。


「このような傷を負うとは…賊はまだ見つからんのか!!」




部屋は荒らされ、大事な書類が盗まれた。


子爵は気が気でない。


「申し訳ありません、足取りは追っているのですが…」


国の憲兵などには相談出来ない、重要書類だ。


「金は出す、何としても捕まえろ」

ギリリと歯ぎしりをした。


少年の手引きを疑い、念の為身体検査をしたが、何も持っていなかった。


下男である少年は音を聞きつけ、駆けつけただけだと話していたが、賊を見たのは少年だけだ。

「特徴は、どのような者だった?」

「皆様にも伝えたのですが、黒髪黒目の背の高い男でした。魔法が使えるようで、男の周りには凄い風が吹いてましたね」


「風魔法の使い手か…厄介だな」

空を飛べたり、超スピードでの移動が可能となる魔法だ。


「少年はゆっくりと休め。早くその顔を治すのだぞ」

子爵は少年の金の髪に触れる。


少年は鳥肌が体中に現れるのを感じていた。





腫れが落ち着いてきた頃、ようやく人買いが来た。


「お久、元気そう…じゃないね。顔大丈夫か?」

まだ少しだけ頬に青みと黄色みが残っている。


「触ると痛いですが、大丈夫です。賊にやられまして…」

フフッと、笑うと少年は人買いにそっと書類を渡す。


「来るのが遅いですよ、もう少しで傷が治ってしまうところだった」

「治ると困るかい?綺麗な顔なんだから早く治った方がいいだろ」


すぐさま人買いは書類を仕舞う。


「俺の貞操の危機です。急いで下さいね」


手籠にされてはたまらない。


「了解。なるべく急ぐけど、頑張るんだよ」

「それともう一つお願いしなのですが、もしこの書類を有効活用される方が、伯爵位以上の方ならば、国王陛下に伝言を頼みたいのです」

「国王陛下に伝言?!」


人買いはぎょっとしていた。


「……がいる、と。その一言で結構です」


少年は生前の自分の名を伝えた。


国王がそれで気づいてくれればいい。

あまり深い内情を人買い達には言えないから、この一言だけで伝わればラッキーだ。



会話はそれで終わった。


人買いはゆっくりと屋敷に向かう、と思ったら足を止めた。


「君、今どこからこれ出した?」

懐の書類を指差す。


「どこからって、普通に上着の中からですが」

「いや、収納魔法使ったでしょうが。君平民なのに、魔法使えるの?」


収納魔法は生活魔法の一つで、魔法が使えるものは大抵習う。

お金を出せば習えるくらい当たり前のものだが、平民である少年が通常使えるわけがない。


「気の所為です。仕事があるので失礼します」

有無を言わさず少年は掃除に戻った。





今日は子爵の休みの日。

浮かれる子爵と反対に、少年はどんよりしていた。


遂に今朝、声が掛かった。


(間に合わなかったら、屋敷を氷漬けにして、逃げよう)


人買いの到着をひたすら待った。





ようやく憲兵が来てくれた。


人身売買の事実確認。


詳しく話を聞くために子爵が連れて行かれる。



残された使用人達は唖然とするばかりだ。


ここから出ていった者は名目として別な働き口を与えると子爵から説明されていた。まさか売られていたとは思わないだろう。




野次馬に混じり、人買いが見える。


憲兵達の目を掻い潜り外へと出た。


「間に合ったね、貞操は無事?」

「お陰様で。ただこれから事情聴取です。しばらくはここで軟禁状態ですよ」

「そうか、頑張ってね。俺とは暫く会えなくなるけど、元気でね」


「ありがとうございました。ちなみに言伝はどうなりました?」

「一応伝えたらしいけど、どうなるかはわからないなぁ」

「良いです。伝わってなければ別な手を考えるだけです。では、またどこかで。あっ、その前に」


人買いから皮袋を差し出される。

少年はとりあえず受け取るが、ずっしりと重い。


「こちらは?」

「君の身請け金だよ、いつか渡そうと思ってた。これから必要になるだろうし、魔法でしまっときな」


少年は服の中に入れる素振りをしながら、収納魔法を展開して仕舞う。


「ありがとうございます」

「縁があればまたどこかで」



あっという間に行ってしまった。

少年もすぐ屋敷へと戻る。


皆が順番に話を聞かれていた。


しばらく待っていたが、少年は最後のようだ。


すっかり夜も更け、ようやく呼ばれる。


「本当に、お前か?」


驚いているは紫混じりの黒髪と紫眼を持った青年だ。




「すぐ来るとは思わなかった。老けたなルアネド…」



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