ここからの巣立ち

「その子の言うとおりだ。俺達はさっきまで一緒に話していた」


人買いの言葉に、子爵は二人の男娼を睨みつける。


「謀ったのか?」


少年を陥れる為の言葉だったとようやく子爵は気づく。


「おそらく俺を追い出したかったのでしょう。以前から嫌がらせをされてましたので」

「何故それを言わなかった」


子爵の言葉に肩をすくめる。


「新参者の下男より、寵愛を受ける者の言葉を信じるだろうと判断しました。お許しを」


少年はそう言い訳をする。


「証言ありがとうございます。助かりました」


頭を下げる少年に人買いはへらへらと笑う。

「いや、役に立って良かった。子爵様、誤解が解けたところでビジネスの話をしよう。それともその子達の身請け先を探す話からかな?」


人買いと子爵が話出したところで、少年はその場から離れる。




もう話は終わりだ。




結局男娼達は弁済という名のただ働きをさせられることになった。


家賃を引いた分の給金を貰えていたが、それすらもなくなるだろう。


絵画の価値など、買うものの基準だ。

一生子爵に仕えても無理かもしれない。




子爵に引き取られて数ヶ月。

そろそろ潮時だ。

子爵からの目線が変わっている。


動かねば。


「今日も掃除中か。真面目だね」

少年が外の掃除中にまた人買いがやって来た。


「お待ちしておりました。今日はお願いがあってここにいたのです」


パターンはわかっていた。

あとは時間を絞り、外で待っていればいい。


ひと月前後で人買いは来る。


子爵から連絡はしない。

ふらっと来て、ふらっと帰る。


好みの子がいたら、交渉に入るようだ。


子爵と話せばすぐに帰るため、チャンスは今しかない。


「お願いとは?」

「次回あなた様が来る日と、子爵が家を空ける日を教えて頂きたい」

人買いは訝しげにする。


「それは、何故だい…?」


「ここを出るための有益な情報を掴みたく思いまして。その情報をあなたに教えて、俺は合法的に逃げたいのです」


殺して逃げるは簡単だ。


しかし腐っても貴族。


指名手配になったりしては元も子もない。

犯罪者が王族に会うことなどないからだ。


「どういうことだ?」

「子爵の弱みを、子爵に敵対する貴族に渡してほしいのです。そうすればここは潰れる。そうしたら俺は自由になれる」


健康な肉体を手に入れられた。

もういる必要はない。


「俺に言っていいの?子爵に言うかもよ。それに敵対する貴族なんて、俺が知るわけないだろ」


「逃したいと言ってくれた言葉を信じ、打ち明けさせてもらいました。商売というのは、通常何件かお得意先を持っているものでしょう?だからツテはあると思っています」


「俺はあなたの名前も知らないし、あなたが子爵に偽名を名乗っているのも知っている…ここだけがあなたの稼ぎではないでしょう。誰に聞かれてもあなたの事は話しません、もし言わねばならぬ時も決して損はさせませんので」

少年は頭を下げた。


交渉はある程度の信用と誠実さも必要だ。

王族でない今、頭を下げることに躊躇いはない。

それで交渉が進めば安いものだ。


「面白い、本当に面白い子だ」


人買いは試すような目をしている。


「スケジュールだけ伝えるよ、上手く行ったらまた会おう」


必要な情報は貰った。

あとは協力者だけ。




「おい、そこの二人」

邸内に戻り、声をかけた。


びくっと身体を震わせた男娼達を捕まえる。


「何だよ…気安く話しかけるな」

憎まれ口を叩くが、力はない。


少年に関われば酷いことになる、と学んだのだろう。


「ここの生活は、幸せか?」

周囲に人がいないことを確認し、少年はそう云う。


「何がだ、幸せに決まっている…」

「あんなエロ爺に一生飼われるのがか?」


「な、何を言ってるんだ?!お前は!」

「声が大きい。借金から解放されたかったら、言うことを聞け」


二人の首に腕を回し、少年は小声でいう。


「鍵は返却したとはいえ、他の者と子爵の部屋に掃除で入るのはあるだろ?お前達なら子爵の部屋に詳しい。やって欲しいのは七日後の掃除の際に、バルコニー側の窓の鍵を閉め忘れてほしい」


少年は強調する。


「あくまでうっかりだ。お前らに他意はない」

「……」

「これからここにいても、次々と子爵好みの男が来て、お前らは見向きもされなくなる。まだ若いんだ、やり直しは聞く」

男娼達はだんまりだ。


「いいか、それさえすれば、俺が全てをひっくり返してやる」




それだけ言って二人と別れた。




約束の日の夜。

少年は外にいた。


子爵の部屋の下。

ロープの先に重石を付け投げる。


バルコニーに引っ掛かったそれを近くの太い木に縛る。


掃除をしてると色々な用具の置き場が知れて便利だ。


少年はロープを使い、何とかバルコニーについた。


窓をゆっくり押すと、あっさり開く。


約束を守ってくれたようだ。


目ぼしい物を探し、机を漁る。

鍵のついた引き出し以外の書類も目を通し、念の為持ち出した。


鍵のついた机は魔法で壊して開けた。


「不正の証拠…これか」


子爵の財源が不思議だった。

領地もなく、真面目に働く様子もなく、あれだけの見請け金を用意していた。


おかしいと思っていた。




飽きた小姓は別の場所に売られたりしているらしい。

分かりやすい証拠の契約書を残してたのはいざという時に、相手を脅すためか。


上手く行きすぎて笑いがこみ上げてきた。




それらを仕舞い、少年は庭へと下りる。

証拠のロープも仕舞った。


最後は盗人が入ったように見せる仕掛け。


外から子爵の部屋へ向かって氷の矢を大量に放った。

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