馬車の中にて

朝食を終え、ルアネドに別れの挨拶をする。


「ありがとう、助かった」

「いいんだ、今度は家族で来てくれ」


ルアネドはポンポンとエリックの頭に触れると、ギュッと優しく抱きしめる。


「また会えて嬉しかった…あぁヤダなぁ歳を取ると涙脆くなって」

ルアネドは静かに泣いた。



子ども扱いするな、とか男に抱きつかれる趣味はない、とか気持ちがグルグルしたが、今言うことではない。


「ルアネド、ありがとう。俺が生きていると信じてくれて、ずっと友だと思っていてくれて」


短い腕をルアネドに回す。あやすように背中を擦った。


しばらくそのままでいたが、ルアネドが腕をおろした。


「すまない、レナン様がお待ちなのにこんなに引き止めてしまって。困った事があればいつでも来ていいからな」

恥ずかしそうにハンカチで涙を拭い、ルアネドは馬車に乗るエリックを見送った。


「ルアネド様、ぜひお耳に入れてもらいたい話が…」


ティタンが、そっと耳打ちをする。


「!それは、本当かい?!」

「えぇ、今まですみませんでした」


ルアネドはポロポロと泣き出した。

「よく泣くな」

「そうだね、嬉しいことがいっぱいだ」


エリックの揶揄にもルアネドは気にしない。


「本当にすみません」

「色々な事情があったのだろう、他国のものがとやかく言うことではないが、良かった」

何を話したのかエリックには分からないが、ルアネドにとって良いことだったのであろう。


ティタンが自分に言わないのだから、聞き出すことはしない。

無粋だろう。


「落ち着いたらルアネドもぜひ、アドガルムに来てくれ」

笑顔でルアネドは馬車を見送る。


見えなくなってからもしばらく、馬車が行った方向を見つめていた。






ルアネドとの別れを惜しみつつも、エリックは馬車の中で妻に会う時の事を考える。


レナンにはエリックが生きている事を伝えているが、まだ声を聞いていないからもどかしい。


「早く直接会って話したいが、レナンは俺を忘れていないだろうか」

十年という歳月、どういう思いをしていただろうか。


「兄上。レナン様はずっと兄上を慕い、その帰りを待っていました。いつ帰ってきてもいいようにと毎日準備をしています。公務も頑張っておいでです」

ティタンの励ましに嬉しくなる。


「きちんと会って、無事…ではないが、生きてるってところを見せたいな。今の俺を見てどう思うだろうか、どんな顔をするのか」


会うのが怖い、というのも正直ある。


子どもの姿になってしまった自分を受け入れてもらえなかったら、どうしよう。

実は他に好きな人が出来たなどと言われたらどうしよう。

もはや自分を想ってなどいなかったらどうしよう。


そんな悪い考えが頭をよぎる。


ルアネドやティタンに対してならいつも通りの自分を出せる。

しかし愛しい妻には違う。


一番好きだから、一番嫌われたくないと思っていた。


「早く会いたいとは思いますが、それなら馬にします?」

「それは遠慮する。疲れすぎた酷い顔でレナンの前に立つなんて出来ない」

きっとティタンは馬を乗り潰す勢いで急いでくれるだろうが、これ以上ルドやライカに迷惑をかけられないし、彼らが可哀想だ。


エリックの体力も保たないだろう。


渋々ながらティタンは了承したようだが、まだ諦めてはいなさそうだ。




 

早く会いたい気持ちと、不安で会いたくない気持ちが入り交じる。

エリックは弱虫な自分がちょっとだけ、嫌になった。






「アドガルムの皆は俺を見て信じてくれるだろうか?」

「顔はまさに兄上の幼少期のものですよ、立ち居振る舞いも兄上らしく完璧です。皆信じます」

自分で鏡を見たときは思わなかったが、弟がいうのならそうなのだろう。


「そうか。皆は変わりないか?」


「それぞれ成長してますから、全く変わってないわけとは言えないですね…十年の歳月は長いです」

「あぁ、そうだな」


エリックにとっては一瞬だった。


死んだと思ったら見知らぬ少年になっていたのだ。


「特に子ども達はとても成長しましたよ、アイオスも次期国王を目指し、頑張っています。時々フィオナに発破をかけられてるようですが」

アイオスとフィオナはエリックの子だ。

双子の兄妹だが、力関係は変わってなさそうだ。

「そうなのか。どのように成長したのだろうか、早く会って確かめたいな」


我が子の成長を喜ばしくもあり、その成長に立ち会えなかった事が残念でもある。

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