売られた先は

とりあえず、男性に後始末をお願いした。


人払いをし、誰かに何かを頼んだようだ。


金を渡している。


男性と少年は馬車へと乗り込んだ。





両親の無理心中を目の当たりにしたはずなのに、少年は淡々としている。

男性は不思議そうだ。


「悲しくないのかい?」

「少しだけ」

動き出した馬車の中で、少年はぼんやりと外を眺めていた。


母である人とは実質数日の付き合いだった。


だから悲しみを覚えているのはこの体の元の持ち主だろう。


少年は涙もこぼさなかった。




だいぶ走ってようやく、この国の王城が見えてきた。

屋敷は王都に近いようだ。


少年の見立てでは、男性の立ち居振る舞いからして、この男も只者ではないと感じていた。



この男性は仲介業者だろう。

今から会う貴族とどのような仲で知り合ったのか。


(なぜ俺を身請けしたかの真意もまだわからないが…)


「今から行く場所は、とある子爵のところだ」

もうすぐ着く、と言われた。


「子爵なら王都に領を持ってはいませんね。商売上手な方なのでしょうか、名前は何というのです?子爵家と言いますが俺を引き取ったのは当主なのか、違うのか。気になりますね」



「…どうも聞いてた話と違うんだが、君は平民だろ。何故貴族について詳しい、そしてどうしてそんなに矢継ぎ早に質問が出るんだ」

冷静すぎる少年に男性は訝しげだ。


「ある程度は独学で勉強しました。それに、自分の行く先の事が知りたいと思うのは、当然でしょう。ちなみに俺を引き取る建前と本音を教えて貰えれば、どう振る舞えばいいか合わせるつもりですが」

男性のため息が聞こえる。



「君をあの子爵にやるのが惜しくなったな…」

聡い少年に男性は売りつける先を間違えたと思った。

以前に見た少年は、おどおどした、普通の少年だったのに。


男性は子爵に言われた事を少年に告げる。




建前は使用人。本音は…男娼として、だ。




「なるほど、わかりました。交渉する余地はありそうです」


少年とて男相手なぞ嫌だ。


いや、むしろ妻以外嫌だ。

御免被る。




「今からでも逃げないか?きっとそのほうがいいと思うんだが…」

そんな提案までされてしまう。


(ほぅ、人買いが面白い事を言う)


この男性はきっと、今までもこのように誰かを買ったり、売ったりしているはずだ。

手慣れ過ぎている。


「俺を逃がせば、あなたがひどい目に合います。止めたほうがいいですよ」

「この状況で俺を庇うのか?本当に、なんて子どもだ…」

人買いは項垂れていた。





「これはなかなか、想像以上だ」

「……」

屋敷につき、対面した子爵は少年を値踏みした。


おぞましい視線に少年は無言で耐える。


「ご苦労、報酬だ。この少年の両親に渡してくれ」

人買いがお金を受け取っている。


「?」


両親は死んだ。

…ではあのお金は人買いの懐用か。


死んだ人間に金は使えない。


何も言うことはない。




「ここが今日から君が働く場所だ」

なかなか豪奢なところだ。


「私は美しい者が好きでね」

子爵の手が少年の肩に伸ばされそうになる。


少年は、咄嗟に身を引き、頭を下げた。


「子爵様、お願いが」

少年は返事も待たず、早口に告げた。


「望まれていることは、先程の仕事を紹介してくれた男性に聞いて、理解しています。しかし、俺はこのような格好です」

自身の汚れた格好を示す。


「生家では食べ物も、着るものにも困窮しておりました。ですから子爵の満足に足る体をしておりません。しかしここで働き、栄養をとるなどすれば、満足して頂ける容姿へとなるはずです。それまでもう少しお待ち頂ければと思います」


「ほう…」


確かに今の少年の髪は金とはいえ、くすんだ髪色だ。

ぱさついており、肌も潤いがない。




子爵の為という口実を出したが、少年は自分の為に体を整えたかった。


鍛えるにも、まず体の脂肪が足りない。

筋肉になり得るものがない。


頭で考える動きと、実際の動きも一致しない。

いざという時に動けないのは困る。


ここの生活で体を鍛え直したい。




「なるほど。面白い提案だ」


熟成させた方が美味しくなるかもしれないな。




子爵は了承した。




「わかった。ならばしっかりと励み、いずれ満足行くようになってくれ。君には大金を払った。出来なくば君の親に迷惑がいくぞ」


「誠心誠意働かせて貰います」

守るものも迷惑をかけるものもいない。


少年は生き延びるため、頭を下げた。

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