無慈悲な世界

少年は出立まで情報を集めた。


ここは少年が死ぬ前にいた世界と同じだ。

ただ、死んでから10年は経っているようだ。


少年のいるここは元いた国の隣の国の平民街。

その中でも貧民層の部類らしい。


少年はその整った容姿のため、貴族の元へ奉公に行くという事になってるらしい。




「体に気をつけてな!」

「たまには顔を見せてね」


少年と顔見知りの同年代の者が、そう話かけてくれる。



「ありがとう、偉くなったら一緒に働こうな」

ニコッと少年は笑った。





いよいよ明日、貴族が迎えに来るという日。

母は言っていた通りにご馳走を作ってくれた。

父も珍しく一緒にいて、黙々と食べている。


「酒はないのか?」

「〇〇が寝たら二人でゆっくりと楽しみましょ、久々だからね」


家族三人が揃った食卓。

会話は少ないものの、家族の光景として当たり前のようなもののはずだった。


しかし、この家ではあまり無いことであった。


母と父を二人にさせてやろうと思い、少年は早々に部屋へと戻る。


「ここの国王は変わらないと聞いた。何とか会って話せれば、信じてもらえるか?」


これからどうするか、思考を巡らす。

明日の行き先次第だが、何とか接触を図りたい。



この国の国王は王太子時代の友人だ。

この見た目も含め、いくらかの記憶を話せば信じてもらえるはずだし、国を超えるのも容易になる。




自分の国についてはわからなかった。


ここでは全体的に情報が遅い。

隣国の事なんて全くと言っていいほど情報がないのだ。


自分達の生活に直結しないものには皆興味がないらしい。


「家族に、妻に会いたい」


皆どうなっただろうか。



自分が死んでも、後継としての末弟がいる。

あいつは優秀だ、何とかしているだろう。


困ったことがあっても次弟が上手くサポートするはずだ。


頼りになる弟達だった。




妻はとても泣き虫だから、きっと泣いただろう。

優しく朗らかで、少しだけ変わった考えを持つ妻だった。

感情表現豊かで、人の心の機微にも敏かった。

表情がないと言われていた自分の気持ちをあっという間に読み取ってくれた。


こうして生きているのを、早く会って知らせたい。




子どもたちは大きくなっただろうな。

あの時で三歳、父親なんて覚えてないかもしれない。


自分より年も上になってるし、会っても混乱させてしまいそうだ。




従者は、一緒に死んでしまったか…

最期まで自分との契約を解かなかった。


主である自分が死ねば、従者も死んでしまうという、魂の契約魔法を自らに課していた。


そんなものがなくても忠義の心を疑うなんてしなかったのに。


「悪い事をしたな…」


様々な事が頭をよぎる。


痛む胸を押さえ、赤子のように体を丸め、少年は眠りについた。






翌朝、何とも言えない顔で少年は二人を見つめた。


物言わぬ姿の父と母。




残された手紙で、状況を察する。

「愛した人を、置いていけないわ」




母の言葉に、胸中は複雑だ。




お酒の中に毒を仕込み、二人で飲んだようだ。

殺鼠剤のような比較的手に入れやすい物を、気付きづらいようにある程度酔いが回ったあとに、仕込んだのだろう。


眠るように二人は死んでいた。


苦しんで暴れたならば、少年もすぐに気づいたはずだ。




母は、父から離れられなかった。

たとえ愛されてなくても。




「すまない…」


ただ祈りを捧げる。

悲しいすれ違いのもとこうなってしまったことに、少年はそれ以上何も言えなかった。




迎えが来るまでの間、大事な物やお金になるものをかき集め、バッグに詰めた。


両親が死に、少年もここを離れる。


すぐに誰かの手に渡るだろう。





しばし部屋でぼんやりとしていた。


コンコンと玄関の扉を叩く音がした。



「お迎えに参りましたよ」

玄関を開ければ一人の男性。

外には家紋のない馬車と、野次馬の皆が見えた


「あなたが、父の言っていた貴族の方の遣いですね?」

軽く男性は驚いていた。


「驚いた。君の父上は私の事を貴族本人だと思っていたのに」

「本当の貴族はこんなところに来ません。来たとしても、護衛もなくこんなところまでは来ませんので」

少年は淡々と言った。


感心したように男性は少年を見る。


「なかなか聡明な子どもだね。話と違うな」

「ありがとうございます。ですが今は少し困ったことになりまして…二人だけで、中でお話をしたいのですが」

「この血の匂いの正体の事かな?」

「……まずは中へ」


少年に促されて男性が中に入ると、パタンとドアを閉めた。




「これは、なかなかな…」

奥の部屋に進み、惨状を目の当たりにし、男性は絶句してしまった。





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