8.その日、赤い線

 当日の午後、待ち合わせの駅に向かう途中でガソリンを入れた後、まだ時間があったので、三人はファミリーレストランに立ち寄った。

「ユリ、いけてるよな」

 ハルキが感心したように言った。

「エビで何かを釣った感じ?」と、コウタ。

「バカ言うなよ。なんだか俺はユリに会うために生まれてきた気がするんだよね。そしてユリに俺の全てを捧げるつもりだ」

「うそつけ」

「今年の夏休みの全てを」

「捧げものが少ねえよ」コウタが笑った。「まあそれはいいんだけど、まさか写真、加工とかしてないよな? 今どきのソフトだと見分けがつかないからな」

「いや、大丈夫。俺には分かる」

 ハルキは根拠の分からない自信に満ちた顔で席を立つと、ドリンクバーに新しいコーヒーを淹れに行った。

「本当に大丈夫なのかね?」コウタは孝明の方に体を倒した。「開けてびっくり、なんてことになったらどうする?」

「さあね」

「そうなったら二日間大変だぜ」

 ハルキはともかく、コウタは選り好みする気などないと分かっていた。そんな立ち位置にいないし、本人もそのことをちゃんと知っている。これも彼一流のポーズなのだ。

「あいつがああ言ってるんだ。大丈夫だろ、多分」

 そう言って孝明はぬるくなったコーヒーをすすった。コウタはまだ何か言いたそうだったが、ハルキが帰ってきたので、口を閉じた。

「あ、でもさ」ハルキは席に着くなり前に乗り出した。「カナもけっこう可愛いって」

 人差し指で孝明とコウタを交互に指した。

 物事が自分の思い通りに運ぶと当たり前のように思っている、と言うより、そのために目の前の二人がそれぞれの役割を果たすと信じて疑わないハルキの態度に、孝明は毎度のことながらあきれた。が、コウタはそうでもないようだった。

「まあね。俺、結構タイプかも」

 この男の自信は一体どこからくるのだろう。孝明はいつか真剣に聞いてみたいと思った。


 時間になり三人はファミリーレストランを後にした。

 駅前のロータリーに車を寄せて待っていると、やがて二人が階段を下りてきた。写真に偽りはなかった。激しい人の流れの中で、ユリはすぐに目を引いた。カナは隣で大きな口を開けて笑っている。

 八月の強い日差しが車内を斜めにつらぬいていた。

 コウタが窓を下げて二人に向かって手を上げる。少ししてカナがそれに気づくと、ユリの肩を叩きながら車を指さした。二人は揃って手を振りかえした。

 ひどく湿った熱い空気が車内に流れ込んだ。

 歩道を歩いてくる二人を、孝明はじっと見つめていた。


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