7.夜の淵
夜に取り込まれたサービスエリアは、しかし車の往来が絶えることはなく、エンジンの音に人々の声、その活発な営みが変わることはなかった。
孝明が運転席でコーヒーを飲み終えるころ、四人が揃って戻ってきた。
ハルキとユリは当然のように三列目に乗り込み、コウタは二列目に入った。
孝明はルームミラーでその様子を見ていたが、カナがコウタの隣に座るのを見届けると、ミラーから目をそらした。そして最後の一口を喉に流し込み、空のコップをドリンクホルダーに差した。
「おまたせ、タッくん」カナは笑うと「すごくいい匂い」と孝明に向かってビニール袋をかかげた。
「結局、それなに?」
「なんかおっきなお団子というか、おにぎりというか。このあたりのB級グルメみたい」
「で、名前は?」
「えっとね、あれ? なんだっけ?」カナは口を尖らせて上を見た。
「なんでそうなる?」
「あれえ、今見てきたばっかりなのに」
「なんだよ、正体不明のままじゃないか」
「まあまあ、正体不明って魅力的でしょ」
カナはケタケタと笑った。
孝明も声を出して笑った。
「正体不明と言えばさ」コウタが割って入った。「俺たちが会ったあのコミュニティー、なんか正体不明の子がいたよね」
いたって普通の声ではあったが、一抹の焦りが浮き出ていた。その様子に、孝明は小さな満足感を感じた。
カナは答えなかった。
「いつもいるんだけど、何も話さない子。なんかちょっと不気味だったよね」コウタは続けた。
孝明は画面上のランプが消えたあの瞬間を思い出した。灯りが消え、影すら闇に溶けたあの時。
「気づかなかった?」コウタはもう一度聞いた。
「英語の名前の子?」カナは視線を落とすと小さく聞き返した
「そうそう」とコウタは体ごとカナを向いた。「なんか不思議な子だったよね」
ミラーに映るカナは視線を落としたまま唇を固く結んでいた。何かを悩んでいるのだと孝明には分かった。理由など分からないが、確かに言えることは、今ここで話す必要はないということだ。
孝明は体を後ろにねじり、カナに声を掛けようとした。
「実はね」カナが言った。「ダイレクトメッセージが来たの」
「えっ」コウタが大きな声を出した。「あの子から?」
カナは頷いた。
孝明もおどろいて掛けるべき言葉を失った。カナは黙って自分の手元を見ている。
「で、なに話したの?」
カナは何かを諦めたように短いため息をついた。そして顔を上げた。
「人と話すのが苦手で、特に大勢の人の前だと緊張しちゃうから話相手になって欲しいって」
「まあ、人前と言えば人前だけど。あれは女の子だったの?」
「たぶん。分からないけど」
「ふうん。それで?」
「それで……」
孝明はやめさせようと思った。答える必要はないし、聞きたいとも思わない。だが、話を終わらせたのはハルキだった。
「そうそう、不思議な子だったよな。別にどうでもいい話だけど」
それはハルキの本音には違いないが、もちろんカナを気遣ったわけではない。ハルキにしてみれば、今日この車に乗っていたのがその子だった可能性もあったのだ。結果的にそうはならなかったが、今この話を深掘りしたくはないのだろう。自分の思い通りに進んでいるこの現状において、好ましい話題ではない。
「ねえ」ユリがハルキに言った「本当はその子を誘おうとしてたの? その不思議な子」
ユリはあっけらかんとした顔でハルキに聞いた。
唐突なユリの機知に、ハルキは一瞬黙った。がすぐに「そんなわけないだろう」そう言ってユリに顔を近づけた。「他の人は最初から関係ない」
二人はしばらく見つめ合っていたが、ユリは唇をゆっくり開くと「じゃあ、そういうことにしておく」と明るく言った。それから視線をカナに向けた。カナは小さく頷いた。
「おいおい」
ハルキが言い、皆が笑い、孝明も口元を緩めた。ふとミラー越しにカナと目が合った。
孝明は微笑み、カナも軽く口元をゆるめた。
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