5.夜の瀬
サービスエリアは意外に混んでいた。施設の近くには停められそうにないと見て、コウタは入ってすぐの空きスペースに車を入れた。
「はい、トイレはしっかり済ませといてくれよ」
最後の一滴までね、と応じるカナ。下品だと笑うユリ。
孝明は車を降りると深呼吸を一つした。日が沈んだとは言え、昼間の異様とも言える日差しで熱せられた空気は鼻腔をぬるく流れていった。
入口に近いため、サービスエリアに侵入してくる車が次々と横をすり抜けて行く。そのたびに閃光が目の中をかすめ、熱い風とともに排気ガスを浴びせかけていく。
たいして行きたいわけではなかったが、肝心な時にもよおしてしまうのは避けたかったので、とりあえずトイレに向かって歩きはじめた。他の四人はすでに前を歩いている。ユリを挟むようにハルキとカナ、少し距離をおいてコウタ。
ハルキの腕がそっとユリの腰に添えられていた。
トイレを済ませ、自動販売機で紙コップのコーヒーを買うと、孝明はショップの中で四人を探した。広いフロアはかなりの人で埋め尽くされていた。道路の混雑具合からすると意外に思えたが、この区間では一番大きなサービスエリアなのでここに立ち寄る人は多いらしい。
ハルキとユリがすぐに目に入った。そこそこ目立つルックスの二人だ。地方のマスコット人形を次々を摘まみ上げては見比べている。なにがそんなに可笑しいのか、ふたりとも満面の笑みだ。
さらにあたりを見回す。が、あとの二人はすぐには見当たらない。平凡なのかな、と思わず口元がゆるんだ。
すると、入口の自動ドア越しにコウタとカナを見つけた。ショップの外に並んだワゴン販売の一つに並んでいる。こりゃ失礼、とつぶやくと孝明は自動ドアを抜けた。
「あ、タッくん」
カナはすぐに孝明に気づいて大げさに手を振った。孝明は思わずつられて高く手を上げた。
「ねえ、これ美味しそうじゃない?」
カナは親指でサインボードを指さしながら孝明に笑いかけた。
「タッくんも食べる?」
ユリのような目を引く綺麗さはないが、少しふっくらとした頬と、くるくると良く動く瞳が心に入り込んでくる。
それに、と孝明は思う。今日、彼女たちを車に乗せてから、最初に自分に話しかけてきたのはカナだったかもしれない。こちらの目を覗き込むようなしぐさ、笑った顔、脚を叩いた手の感触、そして香りを思い出した。
だからって別に気があるわけじゃないさ。
カナのすぐ隣までさらに一歩進んだ。
「これが名物なの?」
孝明はカナに聞いた。
カナは腕を組んでしばし唸っていたが、くっと顎を上げて孝明を見た。
「たぶんね」
孝明は自分の肩口に視線を落とした。
そのすぐ下から二つの丸い瞳が見上げている。走り去る車の明かりが黒目に反射して輝いた。
「孝明も食うの?」コウタが言った。
孝明は移動キッチンの中で調理をする若い男を見た。香ばしい醤油の匂いが漂い、食欲を刺激した。
「いや、コーヒーだけでいい」そう言って手に持った紙コップを掲げた。もちろんコウタに気を使ったわけではない。
時間はまだある。
「じゃあ、わたしのを一口あげるからね」
「それはありがたい」
カナに言いたい言葉がいくつも浮かんだ。それらを口にしようとしたとき、急にコウタがキーを投げてよこした。慌ててそれをキャッチした孝明は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「なら先に戻ってろよ」コウタが作ったような笑みを浮かべた。
孝明は仕方なしに頷くと、手の上でジャラジャラとキーをバウンドさせながら車に足を向けた。
「それと、ここからは運転手交代な」
孝明は立ち止まり、振り返った。
「おれ?」
「あと少しなんだからいいだろ」
「ハルキは?」
「あいつがやるわけねえだろ」
それはそうだ。彼は『優先事項』でご多忙だ。それに今回のことは自分の功績なのだから少しは他のことで働け、という二人に対する意識が滲みでている。そしてコウタはそのことを真摯に受け止めている。
「分かったよ」
孝明は再び歩き始めた。後ろから「すぐに行くね」とカナの声が聞こえた。
良く通る声だった。少し大きすぎて恥ずかしい気もした。
孝明は振り向き、今度は小さく手をあげた。
そう、時間はまだある。
ほんの一瞬、コウタもハルキもユリもいない場面を想像した。自分とカナだけがいるこの場所。
すぐに行くね。
カナの声がもう一度聞こえた気がした。
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