協力者
「シルヴィア様、お待たせしました」
約束の日、私はシルヴィアの領地までやってきていた。王都からここまで来るのは彼女が迎えをよこしてくれたおかげでとても快適だった。大きい家はやっぱり違う……。
予定の日より一日早くこちらについた私はこの屋敷に宿泊させてもらったがシルヴィアがいろいろと手を回していてくれたおかげでとても快適に過ごすことができた。
「いえ、時間通りですわ。それではさっそく討伐に向かいましょう」
「はい」
シルヴィア様と護衛のが10人程で今回の討伐には向かう。他の人達はもう揃っているようだ。
「皆さん揃っているようですね」
「ええ、それじゃさっそく出発しましょう。全員、出立します!」
シルヴィアのかけ声を合図に私達は目的の場所に向かって歩きだした。
*
「キリカさん、そちらはどうですか?」
「こちらも終わりました。これで大体の魔物は倒せたかと」
声をかけながらこちらに駆け寄ってきたシルヴィアに私は返事をする。ちょうど魔物を魔法で倒したところだった。
「あとは残っている魔物をもう少し倒せば終わりだと思います」
「そうですね。とても助かりました、補助と攻撃の魔法を状況に応じて使って頂いてこちらも戦いやすかったです。おかげで予定よりも早く討伐が終わりそうなので本当にありがとうございます」
そう言って彼女は頭を下げる。相変わらず綺麗な所作で私は思わず見とれてしまう。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです。それより何人かこちらに戻ってきていないようですが」
私の言葉にシルヴィアは今ここにいる人数を確認する。今は魔物の討伐が一段落して一度集合していたのだが3人戻ってきていなかった。
「確かに戻ってきていない方がいますね」
シルヴィアが疑問の声をあげると同時に、
「ぎゃああああああ!」
という悲鳴が辺りに響きわたった。
「今の悲鳴は……!」
「シルヴィア様!」
私の制止も聞かず、シルヴィア様は駆け出す。私もその後を慌てて追いかけて行く。しばらくするとシルヴィア様が剣を抜いてなにかと戦っているのが見えてきた。どうやら魔物らしい。見た目は大きな狼の魔物だった。
「大きい……!ガルムか……!」
今回の魔物の大量発生の親玉はおそらくこの魔物だろうと私はその威容を見て確信する。
そしてガルムとシルヴィアが戦い始めたところだった。
「シルヴィア様!」
私が叫ぶと同時にシルヴィアに向かって狼の魔物の大きな爪が振り下ろされる。だが彼女はそれを躱して相手に接近し、上段から大きく剣を振り下ろした。
「ギャア!」
シルヴィアの斬撃を受けた魔物が悲鳴をあげる。怯んだ魔物に彼女は怯まず連続で斬撃を叩き込んでいく。
「す、凄い」
シルヴィア様が強いのは私も聞いていた。しかしあれだけ大型の魔物を圧倒できる程とは思っていなかったのだ。
私がこんなことを考えている間にも彼女は魔物を追い詰めていく。しかし魔物もただやられているだけでは終わらない。彼女と距離を取ったあと、魔物の魔力が休息に高まっていく。
「あれは……」
まずい。あれは魔法を放とうとしている。私はとっさに防御のための魔法を展開。シルヴィア様を守るように展開する。
狼の魔物は魔法で生み出した火球をシルヴィア様目がけて放つが私の展開した防御の魔法がその魔法を弾く。
「シルヴィア様!」
「キリカさん!」
「私が援護します。二人でこの魔物を倒しましょう」
私の声にシルヴィアさんは頷き、剣を構える。それに合わせて私は彼女に身体強化の魔法をかける。魔法が効果を発揮したのを確認した彼女は魔物に一直線に突っ込んでいった。
魔物側も黙ってやられているわけではない。迫ってくるシルヴィアを迎え打とうと前足を叩きつけようとする。
しかし身体強化の魔法を受けた彼女にそれは通用しない。その攻撃を躱したシルヴィアはその勢いのまま跳躍し、ガルムの目を斬りつける。
「ガアアアアアア!」
目をやられたのが流石に答えたのかガルムは大きな咆哮をあげて後退する。そして残った片目でこちらを睨み付け、再び魔法の行使。先程と同じ炎属性の魔法だったため、私は水属性の魔法を使用し、相殺。続けて風の魔法で相手を切り刻み、ダメージを与えていく。
私の魔法を受けた魔物は体勢を崩す。その隙をシルヴィアは逃さない。魔物に近付くとその喉を斬り裂いた。
喉を切り裂いた魔物はそのまま断末魔をあげることもできず、絶命する。辺りに他の魔物も見当たらない。これで今回の依頼は終了だ。
「ふう」
周りに敵がもういないことを確認した私は一息ついて座り込む。この世界に来て魔物と戦うことにも慣れたがやはり長時間戦うと緊張からか疲れが出る。
「いいサポートでした、キリカさん」
声のしたほうを見るとシルヴィア様が私の近くに来ていた。
「強化魔法ありがとうございました。あれがあったおかげで戦闘が随分楽になりました」
「シルヴィア様が剣の達人であることは聞いていましたから。一番効果を発揮しそうな魔法を選んで使用しただけですよ」
「そんな判断をできるのは魔法師でもなかなかいません。現にあの魔物が使用する魔法を見抜いて相殺していたじゃないですか。相手の魔力から相手の使用する魔法を予想するなんて簡単じゃありません。キリカさんはもっと自信を持つべきですよ」
「褒めていただけて光栄です。ですが私なんてまだまだですよ」
そういう私の顔をシルヴィア様はしばらく見つめる。沈黙が流れた後、彼女は口を開いた。
「キリカさん、ティリス家専属の魔法師として働きませんか?」
「え?」
突然の申し出に私は一瞬、呆けてしまう。しかし言葉の意味を理解して即座に首を振った。
「大変申し訳ありませんがその申し出は受けることができません」
「どうしてですか? ティリス家はあなたに確かな立場を約束します。あなたの望むものは大抵提供出来るでしょう。魔法の研究に必要なお金や道具もすべてこちらで用意しますよ」
それはそうだろう。ティリス家は王国最大の公爵家だ。国家魔法師のような危険を冒さなくても資金と道具を提供してもらえる条件は大抵の魔法師にとっては魅力的な条件だろう。
だが私の目的は魔法を極めることではない。元の世界に帰ることだ。そのためには自由に行動出来る国家魔法師のほうが都合がいい。
「私の目指すものを見つけるのは国家魔法師のほうが都合がいいのです。魔法師はほとんどが魔法の研究ができるればいいという方が多いのは私も知っています。ですが私はそれとは少し違うのです」
「ではあなたの目的とはなんなのですか?」
「それは……今ここでお話することではないと思いますが?」
一体シルヴィア様はどうしてそんなに私のことを知ろうとするのだろう。彼女にとって私は他に何人もいる国家魔法師の一人のはずだ。
「シルヴィア様はどうして私をそれほど気にされるのですか? 私はただの国家魔法師です。あなたのような立場の人間が気にかけるような者ではないと思いますが」
私は少しむっときたので冷たく尋ねるとシルヴィア様はしばらく黙ってしまった。しかし意を決したのか私を見つめて尋ねてくる。
「あなた、別の世界から来た来訪者ではありませんか?」
「!?」
シルヴィアのその言葉に私は返答できずに詰まってしまう。なぜ彼女がそれを把握しているのか。
「やっぱりそうなんですね。今のあなたの反応を見て確信しました。あなたはこの世界の住人ではない」
「どうしてそれが分かったんですか?」
私はシルヴィア様を警戒して、彼女から少し距離を取る。どうして彼女はいきなり別の世界から来たなどどいう結論に辿りついたのだ?
「なぜ私がこの結論に至ったのか分からないという顔をされていますね。簡単ですよ。私の家には異世界からきた人間の話が伝わっているのです。その者達は何度かこの世界の文明に進歩をもたらしたとね」
「それだけでは私を異世界から来た人間と判断するには少し足りないのではないですか?」
「そうですね。ですがあなたが残した研究や発明を見たらその証拠になるでしょう。今までなかったような生活に役立つ魔道具や魔法の数々を発明。ここ数年であなたの発明品の評判はうなぎ登りですよ」
「……」
「黙ったということは私の言うことを認めるのですか?」
「……ええ、あなたのいう通り私は異世界の日本という国からやってきた人間です。それであなたは私になにを求めるのですか? 私にそういった話を持ちかけたということはなにか目的があるのですよね」
こういった自分しか把握していない情報を元に話をしてくるということは必ずなにか対価を求めるのが常だ。私はシルヴィア様に対して身構える。
彼女は私に歩みよると私の手を取って顔を近づけてきた。
「ちょっ……!」
「……私に……異世界のことについて教えて欲しいのです!」
「……はい?」
突然の申し出に私は毒気を抜かれ、困惑する。
「私に元の世界のことを教えて欲しい??」
「はい! あなたの世界は私達の世界より進んだ技術や文明があるのでしょう? なら私にそれを教えて欲しいのです。それはこの領地の発展に大きく寄与するものと私は考えています」
「成る程。それはやはりティリス家の跡取りとしてこの国を発展させたいという気持ちからですか」
「はい。私には家を大きくし、この領地や国を守る責務がある。だから異世界からの発展した技術や知識がどうしても欲しいのです」
なるほど。シルヴィアには文武両道で才能もあるが女だからと言って侮る向きもある。そのためだろう。成果を出して他人に認められたいのだ、彼女は。
正直、日本人である私からしたら理解が難しい価値観だ。私だって友達や家族を大事で守りたいと思うことはある。が、彼女のように家や国を大きくするという価値観は理解しがたい。
しかし、ここで私の価値観を押し出しても意味はない。ここは日本とは違う場所だ。戸惑いはしたが、私は彼女の話を再整理していく。
「……大きな目的としては私の異世界での知識が欲しいということですね」
「はい。代価として私はあなたの目的に強力します。本当はティリス家の専属になって欲しかったですが、あなたにそっぽを向かれては構いません。国家魔法師は続けてもらってこちらに協力する形で結構です」
「……」
彼女の言葉に私はしばらく押し黙る。シルヴィアのような力のある人間が協力してくれるなら手詰まりになっていた日本へ帰る方法も見つかるかもしれない。この申し出はどうしようもなくなっていた状況を変える可能性があった。
「……分かりました。あなたの要求を飲みましょう。私はあなたに異世界での知識をお教えします。その代わり私の目的にあなたも強力してください」
「ええ、もとよりそのつもりです」
そう言ってシルヴィアは私の手を握っていた手をほどき、一旦私から離れる。
「では交渉成立ですね。改めてよろしくお願いします、キリカさん」
彼女はそう言って右手を差し出してくる。私もその手を握り返し軽した。
これが私とシルヴィアの奇妙な関係の始まりだった。
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