予期せぬ依頼者

「こんにちは~」


 私は朝早く起きて受け付けに向かった。いつもの受付の女性が掃除をしているところだった。


「キリカさん、こんにちは。あら、おでかけですか?」


 彼女は私に気付いて声をかけてくる。この人との会話も大分慣れてきて普通に話せるようになった。


「ええ、今日は魔法の研究に必要なものとかを買いに行きたくて」

「そうですか。それは急ぎの用事ですか?」


 私の言葉に彼女は若干遠慮するような感じで質問をしてくる。一体どうしたのだろう。


「いえ、急ぎではないんですけど……私になにか話しておかないといけないことでもあるんですか?」

「あなたに依頼をしたいと来ていらっしゃる方がいらっしゃいます」

「依頼?」


 その言葉を聞いて私は少し驚く。国家魔法師への依頼はこの受付で紹介されるもの以外にもう一つ受ける方法があった。

 それは魔法師を使命して依頼をするというものだ。ただ当然指名して依頼をするなんてことは高名な魔法師ぐらいしか発生しないことである。


「聞いていかれますか? 嫌ということであればお引き取り願いますが」

「ああ、嫌というわけではないですよ。ありがとうございます。話は聞きましょう」

「かしこまりました。ではこちらへ」


 私は受付の女性に連れられて、奥にある応接室のようなところへ通される。そこに居たのは綺麗な金髪の美しい女性だった。瞳は綺麗な碧眼で佇まいには気品を感じる。


(うわあ……凄く綺麗な人……)


 女性の私でも見惚れるような美しさだった。私は思わず息を飲んでしまう。


「こんにちは、始めまして。私はシルヴィア・ティリスといいます」


 シルヴィアと名乗った女性は私に挨拶をし、頭を下げる。その名前を聞いて私は驚いた。

ティリス家といえばこの国の公爵家の一つでとても大きな力を持っている家の一つだからだ。 確かシルヴィアはティリス家の長女だ。そんな身分の人間が私のような国家魔法師に何の依頼をしたいのだろう。


「こ、こんにちは。ティリス家の方が私のような一国家魔法師になんの用でしょうか」


 私は少し緊張しながら彼女に尋ねる。


「あなたは腕の立つ国家魔法師と聞いて赴きました。要件というのは……私のお父様の病気を直して欲しいのです」


 驚きの発言が出てきた。国の有数の実力者であるティリス公爵が病気? それって結構まずいことでは……。


「ティリス公爵の? それよりも今の話ってあまり話していいことではないのでは?」


 私の疑問にシルヴィアは頷く。


「はい、キリカさんのおっしゃる通りこのことはまだ表に公表しておりません。余計な混乱を招いてしまいますから」


 そうだろう。大きな権力を持つ人間が倒れたとなるとそれだけで大事件になる。しかし、分からないことが一つ。


「その……依頼の内容については理解しました。シルヴィア様がこの件に関して早急に解決したいと考えているとも。しかしなぜ私に依頼しようとお考えになったのですか」


 問題はそこだ。なぜ私に依頼しようと思ったのだろう。


「父が病に伏せって王都中から優秀な医者を呼んだのですが、誰一人としてなんの病か分からず。これは魔法的なものが要員ではないかということになりまして。それであなたに相談してはということになったのです」


 ん? 妙だ。


「私の名前ってシルヴィア様の耳に届くほど有名ですか?」


 私が何気なく言った言葉にシルヴィア様は目を丸くし、受付のお姉さんは呆れて溜息をついた。


「あの……私なにかまずいこと言いましたか……?」


 二人の様子に私は戸惑ってしまう。そんなに今の発言はよくなかっただろうか。


「いえ、自覚のない優秀な人とは恐ろしいものだなと思って」


 シルヴィアが辛辣な言葉を吐く。この公爵令嬢結構容赦がない性格してるなあ。


「2年前に王都エレルティアで国家魔法師として活動し始めて依頼をこなした数はトップに。しかも魔法の論文でも成果をきちんと残す。誰の目にも止まるに決まっているでしょう」


 そんなふうに見られていたのか。元の世界に戻るために必死で魔法を極めていただけなのだが。


「わ、私そんなふうに見られていたのですね……」

「はあ……まあいいでしょう。いずれにしても短期間でそれだけの功績をあげたあなたのことを見込んで今回の依頼となりました。報酬は弾みます」


 報酬は弾む……。その言葉に私の心はときめいてしまう。魔法を極めようとしてしまうとどうしてもお金がかかってしまうのだ。導具しかり魔導書しかり……。その点相手は公爵令嬢だし報償の保証があるのはありがたい。転移してくる前の日本ではブラック企業に務めたこともあったのでちゃんと仕事をこなして報酬が出るというのは本当に嬉しいことだ。


「その……報酬をきちんと出して頂けるならお受けします」

「そんなことでしたら報酬はきちんと支払うことをお約束します。なんなら今ここで手付金として前払いでいくらか払っても結構ですよ」


 そう言ってシルヴィアは横にいたお付きの従者に目配せをして大きな鞄を持って来させた。

「どうぞ」


 鞄をお付きの人が開けるとその中には大量の金貨が入っていた。私は息を飲んでしまう。

このお金だけでなにもせずとも一年くらい過ごせそうだ。


「はい、これが前払いのお金です。これでは足りませんか?」

「い、いえ。むしろ充分すぎるくらいです」


 必死に魔法を極めていただけなのにこれだけのお金が舞い込んでくるとは。国家魔法師最高過ぎる。日本での給料はなんだったのか……。

 給料は労働力の需要と供給で決まる……! 私は改めてそれを実感した。


「それでは私の依頼を引き受けて頂けるということでよろしいですか?」

「はい」


 シルヴィアの言葉に私は即答した。これだけ報酬を積まれたら受けない理由はない。


「ありがとうございます。それではティリスの屋敷に向かいましょう」

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