これ、異世界転移ってやつ?

「ん……私は意識を失っていたのか……」


 一体あれからどれだけ経ったのだろう。私は周囲を確認して自分が居る場所がどこか把握しようとした。

 辺りは木々が生い茂り、森のような状態になっている。とても自分がいた日本の都市とは思えなかった。


「ここはどこ……?」


 不安を堪えて私はゆっくりと歩き出す。辺りは大きな木が生い茂っており、どこかの森のようだった。


「明らかに日本じゃないよね、ここ」


 先程まで自分がいた日本とあまりにも違う風景に私の頭は混乱する。しばらく辺りを歩いて確認したがやはりこの一帯は森のようで日本の都市の面影など微塵もない。

 あまりの状況に私は言葉をなくしてしまうが、一つの可能性に思い当たる。


「これもしかして漫画とか小説でよくある異世界に転移したってやつ?」


 自分が口にしたことに対して思わず失笑してしまう。そんな馬鹿げたことが起こるわけないと理性では思ってしまうものの自分に起きたことはそうとしか考えられない事態だった。


「そんなこと実際に起きて欲しくはないんだけど……日本での仕事とか生活あるし、早く帰りたい」


 天を仰いで口にした私に呟きが虚しく響く。しかし愚痴を零してもなにも変わらない。このままなにもしなかったらここで野垂れ死ぬこともあり得る。

 それだけは絶対に避けたい結末だった。


「とりあえずなにをするにしてもまずは人を探さないと駄目か……」


 最悪の結末を迎えないようにするため、不安を押し殺して私は立ち上がり行動を開始する。

 同時になにかの唸り声のようなものが私の耳に入ってきた。


「!? な、なに?」


 当然のことに私は思わず警戒してしまう。唸り声の元を確認するため、私が周囲を見渡すとそこには一匹の生き物がいた。その生き物は私のいた世界でいうところの狼に近い形をしており、口からは鋭い牙が見える。こちらをじっと見つめてゆっくりと近付いてきていた。

 私はその様子から私を獲物として狙っていることを感じとった。次の瞬間には全速力でその場から逃げ出していた。


「ひい……!!」


 全力疾走する私を狼のような生き物が追いかけてくる。


 追いつかれないように私は走り続ける。これ程の全力疾走は久しぶりで肺が破れそうなくらい痛かった。

 しかし、私のそんな努力も虚しく走る速度は相手もほうが早い。このままでは追いつかれてしまう。


「い、嫌だ! こんなところで魔物に喰われて死ぬなんて!」


 あの狼のような生き物の餌になる未来を想像して思わず私は叫んでいた。 


「あっ!」


 最悪のタイミングで木の根に足を引っかけて私は転んでしまう。狼のような生き物はもう目の前に迫ってきていた。


「うわあああああああ! 来るなあ」


 みっともないと自分でも思いながら自分が死ぬ恐怖に抗えず、私は叫んだ。狼のような生き物はそんな私のことなど構わず、その口を開けて私を食べようとする。

 私は恐ろしくて目を瞑る。しかしいつまでも突き立てられるはずの牙が私の皮膚を裂くことはなかった。

 思わず目を開けて周りの様子を確認する。そこには一人の男性が立っていた。年は私と同じ20代くらいだろうか。すらりとした長身痩躯、綺麗な黒髪の美しい男性だった。

 その男性は私の側に歩みよってくると手を差し伸べてきた。


「大丈夫でしたか?」

「は、はい。ありがとうございます」


 助かったことに安堵しつつ、私はその男性の手を取って立ち上がる。自分一人では腰が抜けていたので立ち上がることはできなっただろう。


「とりあえずここは危険なので移動しましょう」


 彼は私の手を引いて歩きだす。私は抗うことはせずに、彼に着いていくことにした。

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