Episode7:Wo viel Licht ist, ist starker Schatten

「ったく、部屋に入るときはノックをしろとあれ程言っているのに。それに盗み聞きは――」

「盗み聞きとは失礼っすよ。勘っす」

 再びエイリーンは首をぐったりと落としたが、スイリンは少しも気にしていないようでニコニコしながらその場に立っている。ずいぶんと自分勝手に振る舞っているが不思議と憎めない。いくつぐらいだろう?14,5歳ぐらい?俺より年下に見える。

「えっと……案内をしてくれるのは非常にありがたいんだけど。俺は今大事な話をしてるところなんだ。悪いな」

 俺がすかさずフォロー。しかし、スイリンは手強かった。

「そうっすか。残念っす。最後にはせっかく美味しいゲートルート料理を振る舞おうとやる気だったんすけど」

「え、料理?」

「料理っす。しかも、この国自慢の」

「ほう……」

「どうすかっ?」

 そういえば、この世界に来てから何も口にしていない。あまりに色々なことがあったせいですっかり頭から抜けていた。けれど、一旦思い出してしまうと無性に腹が減ってきた気がする。それに異世界の料理も気になる……。ここはスイリンについていくのが正解ではなかろうか!?

「よしスイリン。お願い」

「了解っす」

 スイリンはわざとらしくかしこまって胸に拳を当てる。

「俺、行ってきてもいいですかね……?」

 恐る恐るエイリーンの方に振り向く。

「仕方ない、君もそう言うんならもう僕は何も言えないよ」

「ありがとうございます!」


 城内は想像を遥かに超えるほどの広さだった。複数の棟や庭園を含めるとちょっとした街なら1つぐらいすっぽりと入り込めそうだ。さらには、その広さに見合うほどの多種多様な周辺施設が揃っている。ゲールトート随一の蔵書を誇るサピア図書館。一度に1000人以上が食事を摂ることができる大食堂。天然の温泉が常時滾々と湧き出る大浴場、通称命の泉源。また、国内の商人のための商業スペースなども存在し、賑やかな市場のような雰囲気が漂っている。

 これが王家の城……。正直舐めていたのかもしれない。前の世界では歴史の教科書の中でさえこんなに大きな城は見たことがなかった。

「あっちは学堂っす」

 楽しげなスイリンは重々しい縁の付いた窓の外を指差す。そこでも城内同様に威厳に満ちた建物がずっしりと構えている。もしかして俺もあそこで魔術の勉強をすることになるのだろうか。

 ふと、校舎の中にアリスの姿が見えた。分厚い本を数冊抱えている。

「アリス!?」

「ほんとっすね。トオル様はアリス様とお知り合いで?」

「まあ一度だけ話したことがあるだけだけどな。最悪の初対面だったけど。あいつは今何してるんだ?授業?」

「いえ、アリス様は去年飛び級で、さらに首席で卒業もしてるんすが、今も時々教授へ相談にいくみたいでかなり熱心みたいっす」

「へえ。そんなに凄いのか。確かにめちゃくちゃ強かったけどそこまでとは知らなかった」

「おそらくロザリューク家の兵士と比べてもトップクラスの強さを誇るっす。その分プライドもものすごく高い方っすけどね。私も始めのうちは苦労したっす。えへへ」

「やっぱそうなのか。なんとか仲直りたいけどなあ。このままじゃ顔も合わせられない。正直俺にも落ち度はある。もしかしての力でどうにかできたりして。あはっ、なんちゃって」

「……!?創造を使うっすか」

 スイリンは驚いて大きな目を見開きこちらの顔を覗き込む。

「う、うん。俺もあんまりよく分かんねえけどエイリーンに言われたんだ。どうかしたか?」

「おそらくそのせいかもしれないっす。アリス様がトオル様に当たりが強いのは。アリス様は大好きだったお母様を戦場でお失いになったんすけど、その時敵が使っていたのが創造の力っす」

「本当に?」

「はいっす。それ以来創造の使い手には疑心暗鬼になってしまったらしいっす。で、でもきっと話せば分かってもらえるっすよ!アリス様、気の強さもあってか実はあんまりお友達もいないっす。根は優しい方なんすけどね。だから私、トオル様には仲良くして欲しいっす!」

 スイリンは目をキラキラさせながら一心にこちらを見つめている。どうやら一筋縄では行かない状況みたいだ。だが、ここまで頼まれるとさすがに断ることもはばかられる。それに俺自身、アリスに謝りたかった。

「――ああ。任せてくれ」

「ほんとすか!?ありがとうっす。お城は皆で仲良くしないと楽しくないですからね」

 スイリンがぴょんぴょんと跳ねる音が城の廊下中に響き渡った。

 



―その頃、

ロザリューク城居館2階とある部屋にて―


 アリスがテーブルに置いたティーカップがコンっと無機質な音を立てる。

「本当にあいつをこの城に入れたのね。お兄ちゃんは自分が何してるのか分かってる?あいつの魔術は創造。私がどれだけ憎んでいるのか知ってるはずなのに」

「ああ、もちろん」

「私許せない。これじゃお母さんへの冒涜でしょ!」

 エイリーンはなだめるような調子でアリスに語りかける。

「落ち着けアリス、その気持ちも分かる。だが、もう大人だろう?分別をなくしてはいけない。未来について考えるべきだ。僕は分かる。このロザリューク家存続のためには彼の力が必要なんだ。今は我慢してほしい。きっといつか報われる日が来る」

「でも――」

 アリスは言葉を詰まらせ俯いた。

 これ以上会話は続かなかった。アリスにも兄の言うことが正しいのは分かっていた。だからこそ反論したくともできなかった。だが、心が受け付けない。あの日、アリスがまだ幼い頃、眼の前で母親が―皆に「太陽后」として崇められた大好きな母親が―創造により生み出された悪夢の槍で貫かれていた光景はトマウマとなって決して消え去ることはない。


「僕と彼を信じてくれ。僕の策略はきっと成功するから」


 エイリーンは立ち上がるとアリスのそばまで歩き、彼女の肩にそっと手を置いた。




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