Episode6:The Die Is Cast
エイリーンは向かいの椅子に座り、指を鳴らす。すると、俺の手を縛っていた縄が解けた。
「すまない。少し無礼なことをした。だが、これも警備上のこちらの都合だ。それに、本当にちょっとばかり眠らせただけ。許してくれ」
彼は申し訳無さそうにそう呟いた。言葉通り彼から敵意は感じられない。
「ここは、ロザリューク城の1室。気楽にくつろいぎたまえ」
「俺に何の用事でしょうか?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「単刀直入に言おう。君にここの近衛兵として働いてもらいたい。」
「近衛兵?」
「ああ。要するに我々ロザリューク家の警備担当だ。どうだ?もちろん給与も出るし適切な教育も用意する」
「それは非常に名誉なことですが、でも、一体なぜ?」
「理由は2つ。アリスを救ってくれたから。それと、この家に必要な力を君が持っていると僕が判断したからだ」
「実は…、そのことなんですが、あの男を倒したのはアリス自身で俺はむしろ助けてもらった側なんで――」
「トオル、よく聞いてほしい。アリスは長年付き添ってきた護衛とともに任務中だった。しかし、正体不明のゲリラ集団の不意打ちに遭い奮闘するも敵を1人残した状態で護衛の全員が死亡。ただ1人守られたアリスだけが逃げ出せたものの大切な仲間を一度に複数失ってしまったという極限の精神状態でまともな思考もできず殺されるのも時間の問題だった。そこで君が大男の気を上手く引いてくれたんだ。その後も実際に戦ってくれたようで最終的にはアリスの普段通りの力を引き出してくれた。これは間違いなく君のおかげだよ」
「そう言って頂けるなら幸いです」
やっと分かった。どうしてアリスがさっきあれほど冷たい態度をとっていたのかということに。彼女は死んでも良かったと言った。おそらく、自分だけ生き残ったことに罪の意識を抱いている。
「まあ、正直なことを言うとアリスからざっくりと聞いた話と僕の推測も混じっているんだがね。大体合っていると思うがどうだ?何か問題は」
「いえ、特にありません。ただ、1つ疑問があります。失礼かもしれませんが、どうして貴族の娘である方の護衛がそれほどまでにたやすく民間の者にやられてしまったのでしょうか」
「いや、おそらく彼らは民間の者ではない。傭兵だ。我々ロザリューク家の王権を狙った貴族に雇われたのだろう。」
「王権?」
「ああ。我々が暮らすこの国ゲールトートは主に4家の貴族、通称四族の分割統治が行われている。しかし、四族の領土全てを統治する者が必要だから代々四族の中から王が選ばれる。そして、今の王権はこのロザリューク家にあるというわけだ。しかし、近頃王の容態悪化を懸念する噂が流れたことで次の王位継承権を狙おうと動き出す者たちがいる。おそらく、今回のゲリラ襲撃もその一種だろう。ただ、それでも理屈に合わないことがある。君の言うように、傭兵があまりにも強力な魔術を持っていることだ。いくら強いとはいえ我らが誇る護衛隊が軽々とやられるとは考えにくい。それに、奴らが使う魔術の痕跡も違和感があった。何か例外的な出来事が起こっているのかもしれない。そこで君の助けを借りたい」
「俺、ですか?」
「僕は君の魔術に可能性を感じるんだ。その銃とやらは今取り出せるか?」
「はい、もちろん」
そう言われて上着の内ポケットに手を入れる。しかし、驚くべきことにどこにもない。慌てて他のポケットの中も探るが本当に見つからない。
「そっそんなはずはないのに!すみません、俺はこの手で持ってたんです」
「やはりな。いくら探しても無駄だよ。消えてしまったんだよ」
「消えた?」
「おそらく、君は魔術を使って銃を創り出した。しかし、一定時間が経過したことで魔力が薄まり消失した」
「俺はそんなことなんにも考えていなかったんですが……」
「それだよ。それが素晴らしい。おそらくその魔術はいわゆる『創造』。頭の中で思い浮かべたものを空気中の幻子を組み合わせて実体化する。そう簡単にできる技じゃない。多分君には並大抵でない才能がある」
あまりにも褒められるのでかえってあまり実感がない。
創造……。何度も何度も繰り返し「Tartaros」をプレイしたことで頭にくっきりと銃のイメージが思い浮かぶのかもしれない。
「それで僕に近衛兵として働けと」
「悪くない提案だろう」
「僕のことは疑わないのですか?もしかしたら敵のスパイかもしれないのに」
「その点は大丈夫。言ったろう?僕は君を信頼している。それに僕の直属の部下として扱うからもし何かあれば僕は君をすぐに殺せる。どうする?辞めたけりゃそれでいい。今話したことを忘れて帰れ」
沈黙が流れた。エイリーンはくつろいだ体勢で座っているが、目はまっすぐ俺の方を見つめていた。本当に彼のことを信用して大丈夫だろうか?でも、このまま出ていっても住む場所もないし食べるものすらない。
腹をくくれ、俺。
「分かりました。トオル=キリシマ、あなたに忠誠を誓います」
すると、エイリーンは安堵したようにため息を漏らして言う。
「ようこそ。これから君を我が家の家臣として厚遇しよう」
すると突然、談話室の扉がバンっと大きな音を立てて開いた。エイリーンはしまった、というような顔をして俯く。
「よろしくお願いするっす!」
そこには水色の短髪の少女がちょこんと立っていた。
「は?」
「これからこの城を案内して回るこの城のなんでも屋、スイリンっす!新しい居住者がやってくると思うと我慢できなくてやってきちゃいました。えへへ」
ドユコト?
あまりの勢いに完全に押されてしまってものが言えない。
俺はエイリーンに助けを求めるが彼は目を合わせてくれない。手に負えないといった様子だ。さっきまでの自信に満ちた笑みはどこへ行った。
「ああ、そうか……。よろしく」
こうして、俺の波乱万丈の貴族生活は幕を開けた。
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