Episode5:Persona (Non?) Grata
「ロザリューク……その名前ってもしかしてあの男が口にしていた名前じゃないのか?」
「ええ。初めて聞いたの?」
「ああ」
彼の口ぶりからして何か特別な一族のようだった。それに、民衆から恨みを買う存在。資本家や大富豪、はたまた貴族みたいな。そこで、はっと気づく。もし、それが本当なのだとしたらアリスのどこか品のある雰囲気も説明がつく。しかし、この推測を全て話して答え合わせをするというのは難しそうだ。5歩ほど先を歩く彼女の無言の背中が拒んでいる。
しばらく歩くとついに森を抜け、畑や住居が散見されるようになり、さらにその先を進むと西洋風の古い街並みが見え始めた。木造の柱や梁を剝き出しにしてその間を漆喰や、石、煉瓦で埋めた3,4階建て住居が、石畳で舗装された道路に沿って並んでいる。街の中央部を見やると、一際目立った建造物がある。教会だろうか。空高く伸びる尖塔が周囲の街を見下ろしている。いまだ夜は深く人の気配はほとんどない。
久しぶりにアリスが口を開いた。
「なにさっきからキョロキョロしてるのよ。もし誰か見ていたら怪しまれるじゃない」
「ごめん。ついうっかり。こんな景色初めて見るもんだから」
「あなた、どこの出身?」
「と、遠い国だよ。君も知らないような」
「職業は?」
「……今は昔から貯めていたお金で旅してるんだ。だから決まった職業とかはない」
「森に来る前はどこの街に?」
「えーっと、それは……」
「この街の名前は?」
「……」
すると、急にアリスは俺の手を掴み、無理やり路地に連れ込んだ。さらに左手で俺の身体を壁に押し付けると右手で炎のナイフを創り、俺の首元すれすれの壁に直角に突き刺す。
「もう我慢できない!あなた一体何者なの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何だよ」
「このまま見過ごすつもりだったけど、さっきの魔術といい、言動といい、この辺りじゃ聞かない名前といい、引っかかることが多すぎる。しかも今の時勢、ロザリュークの名を知らない者なんていないに等しいはずよ。白状しなさい!あなたどこのスパイなの?私につけこんで情報を盗もうったって無駄よ」
「落ち着いてくれ、どこのスパイでもないよ、本当だよ。それに俺は気を失って目を覚ますとあの湖の中にいたんだ。急いで浮かび上がったんだ。信じてくれ」
「黙れ、私の仲間を返せ!」
まずい。もう俺の言葉を聞く気はないようだ。怒りのあまり血管の浮き出た手に握られたナイフの角度が徐々に小さくなっている。
「お前は私の気持ちなど考えたことがないくせに!卑怯者が――」
パン!
突然、手を叩く音が路地中に響いた。
「待て。そこまでだ」
続いて、良く通り澄み切った、若い男の諫める声。
アリスが驚いてナイフを消し、後ろを振り返ったおかげで目の前の視界が開けた。
そこには、2人の男が立っていた。2人とも紫と金の刺繍が施された黒いローブを纏っている。一方は大男以上の身長で、顔はすっぽりと大きな布で覆われている。他方はフードを被ってはいたが、茶髪の美しい顔立ちが街灯にうっすりと照らされていた。どうやらこちらが声の主らしい。
「お兄ちゃん!」
フードの方を見てアリスが叫ぶ。
「お兄ちゃん!?」
俺も思わず声が出る。
「やあ、アリス。別件があってな。遅くなってすまない。痕跡を辿ってきたがやっと追いついた」
「それより、こいつ、敵よ。早く殺さないと!」
再び俺の方を見る。
しかし、アリスの兄は予想外の言葉を発した。
「安心しろ。その方は味方だ。痕跡を辿って分かった。むしろ、アリスの恩人じゃないか」
「で、でも――」
アリスは少し赤面しながら反論しようとするが、
「もうよせ」
そう言うと彼はアリスを自分のもとへ引き寄せ、こちらに視線を移す。顔がはっきり見えた。冴え冴えとした切れ長の目を持ちながら、口には何か企んでいるような笑みがこぼれている。
「興味深い。僕はエイリーン=マルヌ=ロザリューク。名は?」
「貫、霧嶋貫です。あ、あの、何か」
「実は僕もアリスと同様、気になっていることはいくつかある。特に魔術。他所から来たのだろう。初めて見る痕跡だった。何か特別な武器を使うようだね」
「魔術?痕跡?」
「まさか!魔術のことを知らないなんて信じられない。魔術は例えばアリスの炎のようなものだよ。まあいい。詳しくは後で説明するしよう。僕は人が魔術を使った後にその場に残る幻子を見ることができ、これを簡単に痕跡と呼んでいる」
「それで、森の中の戦闘の状況を把握した?」
「その通り。よし、あんまり長居もするべきじゃないからそろそろ行こう。トオルも連れて帰る。」
「なんで!あまりにも怪しすぎるわ」
アリスが口を挟む。しかし、エイリーンは動じない。
一方、俺自身はあまりの急展開に頭が全然追いつかない。宿の話はいつの間にか無かったことになり、魔術師のような恰好の男が自分を連れて行くと言っている。
「連れて帰るって……何処にですか?」
「もちろん、我が誇るべき拠点。ロザリューク城へ。ゲンム、頼む」
ゲンムと呼ばれたもうひとりの男は俺の前へ進み出るとなんの前置きもなく俺のアタマを掴んだ。すると、驚くべきことにしだいに意識が薄れ、身体の力が抜けていく。やがて、ゲンムの大きな腕に支えられている感触を最後に完全に意識がなくなった。
目が覚めるとテーブルを前にして木造の椅子に座っていた。慌てて立ち上がろうとしたが、手が椅子の背の後ろで縛られていて動けない。テーブルの向かいにも椅子が置いてある。部屋は比較的小さく家具もほとんどないが、趣味の良い装飾がされてある。談話室のようなものか。
すると、廊下から柔らかい絨毯の上を歩く足音が聞こえてきた。しだいに近づいてきた音は扉の前で止まり、扉が開く。エイリーンがにこやかな顔を覗かせた。
「ようこそ、ロザリューク城へ。さて、話の続きを始めようか」
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