坂原優衣 [ 2 ]

「ごめんください……」


ゆっくり扉を開けると、カランカラン、と爽やかな鈴の音がなった。


入ってすぐ、ふわっとなにかの匂いが漂ってきた。

これは柑橘の匂いだろうか?少し甘酸っぱい匂いだ。


店の中を見渡すと辺り一面に本棚があった。あとは机。

本屋……というより学校の図書室みたいだ。このお店で勉強したらなんだか捗りそうだ。


雰囲気的には外観と同じくオシャレなカフェだ。

観葉植物もあった。まさにカフェみたいだ。


でもカウンターがあるという訳でもなく、メニューがある訳でもなく……本当にここはなんのお店なんだろう?


というか店員が見当たらない。どこにいるのだろう?


電気が着いていないので、夕陽の光を頼りに進んでいく。


「……ぁ」


暗闇の中、一筋の光に照らされ、彼はそこに佇んでいた。


紙を捲る音がする。読書でもしているのだろうか。


遠くてあまり見えないが、光で少し見えただけでもとても顔がいいことがわかった。


そして、美しく、消えてしまいそうな儚さがあった。

精巧に創られた人形のようだ。そう思うほどに美しかった。


もっと見てみたい、そう思った。


人に使う表現では、きっとないけれど。


私が入ってきたことには気がついていないようだ。


少し、近づいてみようか。


歩くと、ミシッと木の軋む音がする。


それでも彼はこちらに気づかなかった。割と大きな音が鳴ってしまった気がするのだが。


本に入り込んでいるのかもしれない。だとしたら邪魔をしてしまったな。


一度出直してきた方がいいだろうか。あまり迷惑はかけたくない。


寄り道で寄ったお店のため、あまり時間がある訳でもない。

ここのお店の名前だけでも覚えて今度また来よう。


きっと彼はカフェエプロンをしていたから店員だろ

う。


店員なら、また来た時もいるはずだ。


今、彼の邪魔をしてまでこの店に居るべきか。

答えはノーだ。


読書の邪魔ほど嫌なものもない。自分の世界に浸っている時は邪魔なんてされたくないだろう。


帰ろう。そう思い踵を返した。


いつの間にかもう門限も近い。早く帰らないと。


「……ん?」


扉の前にチラシの入ったケースが置いてある。


茶色いコルクの箱に英語で文字が書いてあった。

なんだか凝っている。とてもオシャレだ。


ケースには手書きで『ご自由にお取りください』と書いてあるメモが貼ってあった。


ならお言葉に甘えて持って帰らせてもらおう。


今日はなんだかいい日だ。特になにかあった訳では無いけれど。

お店に来た時よりも息がしやすい気がした。

胸にあった重いものが少し軽くなるような。


帰ったら今日は早く寝よう。


そう決意して帰路に着いた。

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