坂原優衣 [1]

直接的な暴力があるわけじゃない。


自分がそうだと思わなければいじめにはきっと入らないような嫌がらせ。


何故、それが始まったのか、理由は今でも分からない。


きっと特に大した理由はない。


なんとなく、で始まった嫌がらせ。


避けられている、そう思ったのは5月くらいだっただろうか。


ヒソヒソと陰口が言われ始めたのも、その数日後だった。


影で後ろ指を指され、笑われる。


証拠のない嫌がらせ。


やめてもらおうにも、反抗しようと思う気力は、あまり起きなかった。


友達は自分がいじめの標的になりたくないから、と離れていった。


親に相談しようかとも思ったが……

迷惑をかけたくない。


先生なんて論外だ。もっと酷くなるかもしれない。


でも、正直話して誰かに解決してもらおうとはあまり思わなかった。


1年の時、命を絶った先輩は

「この世界は、理不尽だ」と叫んでいた。


「助けてなんて貰えない」、「言ったところで何も変わらなかった」と。


「所詮、偽善だ」と


死ねだのなんだのが書かれたクシャクシャになった紙と、汚れたゴミの入った靴箱。


隠され、汚された体操服。


やられる立場にならなければ分からない苦しみ。


やられる立場にならなければ分からなかった屈辱。


助けを呼ぶのに勇気がこんなにいるとは思わなかった。


そう、彼女は言っていた。


私は、彼女に助けを求められ、助けなかった。


見捨てたのだ。見て見ぬふりをした。


いつの間にか、今度は私がその立場だ。


彼女ほどの何かがあった訳では無い。


でも、生きがいは感じなくなった。


先の見えない濃い霧の中を彷徨い続けているような、そんな感じだ。


彼女も、こんな気持ちだったのだろうか。


死にたいか、と言われればそこまでではない。


死ぬことは、怖いから。


家族にも迷惑はかけたくない。


仲のいい家族に亀裂を走らせるようなことはしたくない。


でも、苦しくて。


自分で抱えるには大きくなり始めた頃のことだった。


部活の後、夜に差しかかる時間帯。

いつも通りの道を帰るのがなんとなく嫌で、寄り道をして帰りたくなった。


その時の事だった。


ある、お店を見つけた。


赤い扉の目立つ、木造の少しオシャレなカフェのようなお店。


傍から見た印象はそんな感じ。


その看板にはこう書いてあった。


【auto-sacrificium】と。


なんのお店かさえも、分からなかった。


何故、そのお店に惹かれたかは今でも分からない。


だが、それが必然かのように。


何か、自分でも分からないようなとてつもない力に引っ張られるように。


私はその店の扉を潜っていった。

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