1回目

 綾香がこの村にやって来たのは高校一年になる直前の時だった。新しい学校では人数が少なく、クラス替えがないということで、グループが完全に出来上がっていた。それでも綾香は不自由になる事はなかった。それには健斗たちの貢献があったからだろう。


 ――彼らのおかげで私は除け者にされる事はなかった。まぁ、そのせいで今こんな状況になっているとも言えるのだが。


「アレは一体なんだったんだ?」


 ハァハァと荒い息を吐きながら、健斗が独り事を言った。対して、みんな必死に走っていたためか、健斗のように声を出すことはできていない。

 健斗自身も答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう。そもそも、健斗の問いかけに対して明確な答えを持っている人間はここにはいない。


「……それよりも、この旧校舎ってなんなの?」


 息を整えてから気になっていた事を尋ねる。別に旧校舎がなんであるのかという質問ではない。私が聞きたいのは――


「俺にもわからない。昼に来た時には鍵は全部開いていた」


 逃げる途中、何度か部屋に入ろうとしても扉が開かないことがあった。それに対して健斗たちが「なんでだよ!」「どうして!?」と叫んでいたので、仕掛けではないとわかる。


「ゆうくんも何処に行ったかわかんないし、探しに行かないとね〜」

「沙奈は平気そうだな」

「平気なわけないじゃん! だけど、帰るにしてもゆうくんを1人置き去りにするわけには行かないでしょ。それに……ううん、なんでもない」


 沙奈は一瞬暗い顔をするも、それを誤魔化すように笑った。

 

「なんだよ」

「なんでもない。早く探しに行こっ」


 怪訝な顔をしている健斗を今度は沙奈が手を引っ張って歩き始める。


 旧校舎にはもともと通っていたため、道に迷う……なんて事はなく、とりあえず目的としていた職員室にはすぐにたどり着いた。


「でも何で職員室?」


 沙奈が疑問の声を上げる。職員室に行こうと始めに言ったのは綾香だった。健斗も言わないだけで気になっていたのか、沙奈の質問に何度も頷いた。


「学校でパニックになったら一番最初に思いつくのって職員室だと思ったのだけど……」

「それもそっか。まあ居なかったら別の場所を探せばいいだけだしね」


 沙奈はそう言うが、彼なら職員室に隠れている。綾香はそんな気がしてならなかった。


「お前ら……、そもそも職員室の扉が開くかどうかもわからねぇんだぞ?」

「「…………」」

「イテッ……なんでだよ、事実だろ! イテッ……綾香まで!?」


 沙奈と無言で健斗を叩いたのは、決して八つ当たりではない。そう、決して健斗の言葉に図星をつかれ、イラッとした訳ではない。

 

      +   +   +

 

「「………………」」


 ガチャガチャと職員室の扉を開けようとしても開かない。少し意地になって他の教室よりも多く挑戦してみるが、その結果は実ることはなく、扉は開かなかった。


「はぁ。けんちゃんの言う通り開かないみたいね」

「そうみたいね。はぁ……。仕方ないか。他の教室を――」

「……そ、そこに居るのは沙奈ちゃんと綾香ちゃんなの?」


 職員室を後にしようとすると部屋の中から男の声が聞こえてくる。


「優馬! 優馬なのか!」

「健斗くんも居るんだね。ちょっと待って。今開けるから」


 ガタガタ、ガチャンという音がする。しばらく待っていると、ゆっくりと扉が開けられた。


「は、早く入って来て」


 職員室の中は何か変わった様子はない。しかし、先ほどの教室のように何も起こらないという保証はない。


 その事を優馬に伝えるが、彼は頷こうとしなかった。みんなで外に出ようと説得していると、廊下から何かを引きずるように、ギー、ギーという不快な音が聞こえてくる。


「な、なんの音?」

「わ、わかんないよ」


 沙奈と優馬が不安な声をあげ、綾香と健斗は警戒を強める。

 金属を引きずるようや音が一歩、また一歩近づいてくるように、ギー、ギーという音が段々と大きくなる。そして――


 音がピタリと止まった。


 綾香たちが居る職員室の側で。


 まるで私たちの居場所を知っているかのように、職員室の扉の前には人影が映り込む。


 ガタガタ、ガタガタ


 扉を開けようとしているのか、何度もガタガタと鳴らし――


 大きな音と同時に扉が崩れ落ちる。いや、壊された。それと同時に部屋中に埃などが舞い上がる。


 またギー、ギーと音を立てながら、ゆっくりと部屋に入ってくる。入ってきたモノの姿を見て驚いた。

 顔は見えないが、服装からして女の子だとわかる。そう、女の子。

 真っ赤なワンピースを見に纏い、真っ黒な髪を背まで伸ばしている。その手には彼女の身長よりも長い刀を持っていた。

 彼女の何処に扉を壊す力があるのか、そんな疑問を持たざるを得ないほどの細い腕をしていた。


 彼女が刀を持った腕を振り上げる。その瞬間、綾香に焦りが生じる。


 ――まずい!


 綾香は咄嗟に3人を押し出し、叫ぶ。


「逃げて!」


 3人は驚きつつも何も言わず、慌てて教室から出て行く。


 その様子を見送るのと同時に背筋に冷たいものが走る。ゆっくりと振り返ると視界が上下反転する。


『邪魔をしないで』


 その言葉を最後に、綾香の意識はなくなった。

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