第4話

 テーブルに食事を運んできたフレアは「あら?」と言った。「頭の花びらが少し散ってるわ、アリス」


 そういえば、カボチャ男との戦闘のあと、青い花びらが床に落ちていた気がする。


「ふむふむ。どうやら、体にダメージを受けると、頭の花びらが散る仕組みらしい」

 キャスパー博士は食事中だというのに、本を開いていた。

「すべての花びらが散ると死んでしまうそうだが、大丈夫。食べて寝ればもとに戻るそうだッ。うひゃひゃひゃひゃひゃッ」


 宿舎での夕食のあと、フレアがアリスのために部屋を用意してくれた。宿舎の二階は浸水被害もなく、わりと状態がよかった。数日前まで人が生活していただけあって、家具もそろっている。

「着替えと新しいシーツを置いておくわね。シャワーもどうにか使えそうだから、浴びるといいわ」

 フレアは言った。


「ねえ、これは何?」

 と、アリスは机の上にあったオルゴールを持ち上げた。


「ああ、さっき博士が置いていったのよ。プレゼントのつもりかしら? 変な人よね、ホント」

 フレアは笑いながら出ていった。


 アリスはオルゴールのネジをまわしてみた。音楽が流れ、バレリーナの人形がくるくると踊った。

 なぜかわからないが、懐かしい気持ちになった。


***


 次の日、アリスは中庭の人間草を刈ることにした。

 ここを通らなければ本館に行って外部と連絡を取ることもできないし、騎士もいそうな雰囲気だ。


 水浸しになった中庭は、ほとんど池と言っても過言ではなく、水面ははすの葉で埋め尽くされていた。

 アリスはその葉の上をぴょんぴょん移動しながら、一人で来てよかったと思った。こう足場が悪いと、博士やフレアがいても役に立たない。足場がよくても、べつに役に立たないが。

 ときどき水中からネバネバした水草が飛び出して、襲いかかってきた。アリスは大鎌を華麗に使いこなし、水草を刈りながら中央の噴水近くまでたどりついた。噴水は半分ほど水に浸かっていた。


 ゴボゴボッと水面が渦を巻き、水中から巨大な蓮の花が現れた。

 薄桃色の花びらの一枚一枚が女性の姿をしている。

 元々この家のメイドだったのだろうか。フリルのついたエプロンを着た女たちが、仰向けにのけぞった状態で寄り集まり、花をかたちづくっていた。

 メイドの集合体。

 皆、桃色の包丁を持った腕をだらりとたらし、さかさまの顔はアリスと目が合うと、「お帰りなさいませ、奥様」と言って微笑んだ。


 花の中心には目を閉じた騎士の首があった。近づくためには、メイドの花びらを刈ってしまわないといけない。花びら自体はそこまで脅威ではないが、ネバネバの水草が邪魔してくるのが厄介だった。水草が腕に巻きついてはなれず、アリスは仕方なく右腕を切り落とした。そして、花びらのメイドたちにブスブスと包丁で刺されながら、どうにか騎士の首を蓮から切り離した。


 騎士の首が離れると、蓮は一気にしおれてしまった。

 排水溝のつまりが解消されたのか、ゴボゴボ音を立てて池の水が引きはじめた。


***


 騎士の首を持って研究塔に戻ると、フレアが心配そうに駆けよってきた。

「まあ、アリス! 頭の花びらが半分になってるわ! 今日はもう休みなさい」


 言われたとおり、アリスはさっさと宿舎に戻ることにした。

 しかし、途中でふと地下へ続く階段のことを思い出し、立ち止まった。


 好奇心から階段の下をのぞいてみると、水没していた地下室のドアがあらわになっていた。まだ少し水が溜まっているが、下りられそうだ。


 アリスは行ってみることにした。

 ドアを開けると、中は誰かの書斎のようで、机と本棚があった。水がたまった床に、色々な物が浮いている。

 アリスはそこから写真立てを拾い上げた。女性の写真だ。よく見ると、昨日の集合写真に映っていたのと同じ女性だった。

 やはり見覚えがあるのに、誰なのか思い出せなかった。


 何か手がかりはないかと、机の引き出しを開けてみる。

 中には金色の鍵と、手帳が入っていた。

 鍵はどこの鍵かわからなかったが、とりあえずポケットに入れておいた。


 手帳はすっかり水でふやけて、インクもにじんでいたが、かろうじて読める箇所もあった。


『……ジアは奇跡の花だ。この花の力を使えば、死体から人間を再生することができる。しいては永遠の命を手に入れることさえ……ただし代償は必要だ。リブリジアが実をつけるためには生贄いけにえを捧げなければならない。生きた人間の命を……』


「ここで何をしている」

 急に背後から声がして、アリスはビクッとした。

 振り返ると、キャスパー博士が階段の上からこちらを見下ろしていた。


「べつに」とアリスは答えた。


「夕食ができたそうだ。はやくおいで」

 博士はそう言って背を向けた。


「ねえ、博士」とアリスは呼びとめた。「この人知ってる?」と写真を見せる。


 博士は階段を下りてきて、「うん~?」と写真に顔を近づけた。

「知らないなあ。誰か研究員の恋人じゃないか?」

 彼はそう答えた。

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