第3話

 アリスは研究塔を出ると、渡り廊下を通って宿舎に入った。

 宿舎は二階建てで、廊下はびっしりと根に覆われ、床にはちょろちょろ水が流れていた。研究員たちの宿舎なだけあって、部屋がたくさんある。

 アリスは片っ端から部屋の扉を開けていき、人間草に出会うと容赦なく鎌で刈り取った。人間草たちは、ナスやキュウリだったり、チューリップやスミレだったり、多種多様だった。


 それぞれの部屋には、研究員の私物が散乱していた。アリスはふと、壁にかかった一枚の写真に目を止めた。

 研究塔の前で撮った集合写真で、人間だった頃の研究員たちが写っていた。

 中央に綺麗な女性がいて、なんとなく見覚えがある気がしたが、誰だか思い出せなかった。


「アリスー? いるー?」


 フレアの声が聞こえたので、アリスは部屋を出た。


「あ、いたいた!」


「ねえ、この人だれ?」

 と、アリスは写真を見せた。


「ああー……うーん、誰かしら」

 フレアは何だか歯切れの悪い返事をした。


 そこにキャスパー博士がやってきて、「うひゃひゃひゃッ。もう一階は片付いたのか」と感心した。


「ええ、博士。あと二階を掃除すれば三日ぶりの食事にありつけますわ」

 フレアはそう言って床に転がったトマトを拾い上げた。

「ああ、人間草の一部とわかっていても美味しそう……」


「恐縮です」


 ふいに声がして、フレアはおそるおそるトマトをひっくり返した。

 反対側に中年男性の顔があった。

 フレアは壁にトマトを投げつけて、

「オエエエエエ」

 と、床にうずくまって吐いた。


「こら、フレア君。吐くんじゃない。養分がもったいないぞ」


「大丈夫。胃液しか出ませんでしたわ」


 そんな二人を放っておいて、アリスは廊下を突き当りまで歩いた。

 突き当りには、地下へ続く階段があったが、水が溜まって下りられなくなっていた。


「困ったものだねッ」と博士がやって来た。「中庭に噴水があるんだが、排水溝にはすの化物がつまっているせいで、水浸しになってしまってね。今はどうしようもない。先に上の階を片付けてしまおう」


 二階でもアリスは次々と人間草を刈り続け、残すはあのカボチャ男だけになった。カボチャ男は会議室で待っていて、ほかの人間草より強かった。つるをムチのように振りまわしたり、物を投げつけたりして攻撃してくる。

 壊れたイスの破片がアリスの腕に刺さった。

 裂けた皮膚から青い血が流れたが、数秒で治ってしまった。

 なるほど、これならあまり攻撃を恐れる必要はない。アリスは敵に接近して次々と蔓を切り落とし、最後にカボチャの頭を落とした。

 すると、残った蔓はしなしなと倒れて動かなくなり、割れたカボチャの中から、青白い女の首が出てきた。


「騎士の首だ」と博士は言った。「リブリジアに返す必要がある」



 三人は研究塔に戻り、アリスは博士に言われた通り、リブリジアの前に立って、騎士の頭部を掲げた。

 すると、騎士の一人がゆっくりと近づいて来て、頭を受け取り、自ら首の上にのせた。


「文献によれば、リブリジアが実をつけるためには、騎士の首がすべて揃っていなければならないらしい」

 博士は本のページを繰りながら言った。

「つまり、君が人間になるためには、騎士の首をあと三つ集めなければならないということだ、アリス」

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