第2話

 扉を打ち破ったカボチャには、人間の目や口がデタラメな配置でめり込んでいた。

「とんだ災難ですよぉ」

 と、カボチャについた口が動いた。低い男の声だった。

 カボチャ男はうねうねとつるをのばし、物をつかんで投げつけてきた。


「きゃああ! 入って来たわ!」

 フレアは慌ててアリスの後ろに隠れた。


「あれは何?」

 と、アリスはたずねた。


「人間草だ」と、すでに机の下に隠れているキャスパー博士が答えた。「元はここの研究員だったが、リブリジアの力で植物の化物に変えられてしまったのだ。じつに悲劇的なことにッ。そう、あれは三日前――」「博士! 今は説明している場合じゃありませんわ!」フレアが話をさえぎった。「アリス! あいつをやっつけてちょうだい!」


「私が?」

 アリスはキョトンとした。


「そうよ! あなたにはリブリジアの魔力が宿ってるの。人間より回復力があって、めったなことじゃ死なないの! そうですわよね、博士!」


「そう、文献にはそう書いてあるが、実際のところどの程度なのか――」


「アリス! はい、これ! これでぶった切るのよ」と、フレアは長いのついた大きな草刈り鎌をアリスの手に押しつけた。「とにかく刈ればいいの、草を!」


 とにかく刈ればいいのか、とアリスは思った。


 カボチャになった元研究員は、

「とんだ災難ですよぉ」

 を繰り返しながら、蔓をムチのように振るって、いろんな物を壊しはじめた。


 アリスは大鎌を振りあげ、その蔓を切断した。

「とんだ災難ですよぉ!」とカボチャ男が蔓で襲いかかってきたが、アリスは巧みに鎌を操って、それをすべて切り落とした。


「すごいぞアリス! まるで死神の魂が乗り移ったかのような鎌さばきッ」

 博士は机の下で拍手した。


 カボチャ男は分が悪いと思ったのか、小声で「とんだ災難ですよぉ」とつぶやくと、扉の穴からするりと逃げていった。


「えらいわ、アリス! 追い返したわ」

 フレアが抱きついてきた。


「動いたらもっとお腹がすいた。はやくご飯が食べたい」

 アリスは言った。


「残念ながら、すぐに食事はできないのだよ」

 博士が言った。


「どうして?」


「食べ物は宿舎に行けばある。この研究塔のすぐ隣だ。しかし、そこは今、人間草たちの巣窟そうくつになっている。まずは奴らを一掃しなければ……」


「あのカボチャ男みたいなのがいっぱいいるってこと?」


「その通り。元はみんなこのフォレスト研究所の職員と、フォレスト家の使用人だったが、リブリジアの魔力の暴走によって、なんとも無残な姿に……そう、あれは三日前のこと。あろうことか研究員の一人がリブリジアに火をつけて焼き払おうとしたのだ。理由はわからない。死者を蘇らせるという行為が神への冒涜ぼうとくになると考えたのか、あるいは私に何か恨みでもあったのか……止めようとしたが間に合わなかった。そして、神の花の天罰が下ったのだ。ほら、花のまわりを見てごらん」

 と、博士は指さした。

「花を取り囲むように生えている、あの四体の人間のようなもの。おそらく花の一部である萼片がくへんが発達したものだと思うが、私はあれを騎士と呼んでいる。女王である花を守る四人の騎士だ。あれには、もともと首があったが、研究員が火をつけようとした瞬間、とつぜん目を見開き……そこからはもう、何が起きたのかわからない。あたりが青い光に包まれて、気がついたらこの有様だ。そこらじゅう根っこで覆われてるし、騎士の首はなくなってるし、私は顔にステンドグラスが刺さりまくってるし、敷地内には研究員と使用人が合わせて百人近くいたはずなのに、みんな人間草になるか、人間草に殺されるかして、残ったのは私とフレア君だけだし。まさに悲劇だッ」

 博士は早口で一気に喋った。

「逃げようにも、ここは深い森の奥だし、馬車に乗ろうにも、馬が死んじゃったし、通信機器は本館にしかないし、そこに行くには中庭の人間草をどうにかしなきゃだし、さらに本館の――」「とにかくお腹がすいたわ」と、アリスは話をさえぎった。「とりあえず宿舎ってとこの人間草を刈ればいいのね」


「できるの、アリス?」と、フレア。


「草を刈るだけでしょ」


 アリスはそう言うと、鎌をかついで歩き出した。

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