Chapter12 三宮事件 後編

「遅くない……?」

 充は腕時計に目をやった。

「もうかれこれ15分は経ってる」

「一回電話してみる?」

「そやな」

 孝之は俊樹に電話をかけた。マイクをオンにしたため、充にもコール音が耳に入ってくる。

 しかし、

「ダメや、出ない」

「うそっ」

「いやほんま」

 長い時間を空けずにもう一度、孝之は俊樹に電話をする。

 結局3回連続でかけた。

 しかし、俊樹は全く応答しなかった。

「あいつなんで出えへんねん」

 孝之はスマホをズボンの右ポケットに仕舞うと、腹の底から重たい息を吐き出した。

「カラオケでも行ったんかな」

 充は笑いながら言った。

 彼らの後ろには、「歌わへん?」とデカデカと書かれたカラオケチェーン店の看板があった。「俊樹、最近、高校の近くにカラオケできて、開店セールで安いから毎日通ってるらしいし」

「行ってたら、マジ、ブッ飛ばす」

「おいおい、口が悪いぞw」

「ガチで行ってたら、もう、絶縁や」

 俊樹、まさかの絶縁の危機。

 それから、2人は「Twitterで甲種輸送の筋を見つけて撮影しに行った」「自宅のある京都に戻って寝てる」と、もはや大喜利(※8割鉄道関連)のような俊樹の行方不明の理由を考え始めた。

 そうやって、また時間を潰していた時、

 ピーポーピーポー。

 救急車が一台猛スピードで大通りを走って来た。それは阪急とJRの高架を潜ると、サイレンを消し、その先ですぐに停まった。

 ここから少し現場までは離れているが、何やら慌ただしくなっている。

 何があったんやろ、充は気になり、高架を潜った先の場所の様子に意識を向けると、

「なぁ、もしかしてやけど……」

 孝之がさっきまでとは異なる口調で充を見る。「俊樹、倒れたとかないよな……?」

「や、やめてよ、そんな冗談……」

「でも、こんなにかけても出ないんやで。しかも、今日はこんなに暑いし。だから急にとか」

 一気に空気が重くなった。もし、そうだったらどうしよう、2人の拍動が速くなっていく。

 1分、また1分と時間が過ぎていく。

「一回、見に行ってみよう」

 充が提案して、立ち上がったその時だ。

 電話が鳴った。

「……俊樹や!」

 孝之はすぐに通話ボタンを押した。

「俊樹! お前、大丈夫か⁉︎」

「……」

「俊樹……?」

「……大丈夫じゃないよぉぉぉ」

「…………えっ?」

 きょとんとする充。孝之も目を点にしている。スマホの向こうから俊樹の非情な訴えが続いた。

「三ノ宮のさ〜地下街って、マジでややこしいんだけど〜。もうどうなってるん?」

「えっ、俊樹、今、どこ……?」

「だから、三ノ宮の地下街やって! ご飯食べて、お前らのいる所行こうとしててんけど、複雑すぎてマジで無理!」

 俊樹の発した言葉に心配事が杞憂で済んだことに安堵した一方で、徐々に充と孝之のお騒がせ野郎に対する怒りが込み上げてきた。

「お前、何回も電話したんやで! 充もLINE送ってくれたけど、それもぜんぜん見ない。どないなってんねん!」

 孝之が強い声で言う。

「あたふたしててん……。看板通りに動いてるのに、また同じ場所に戻って来るし……」

「俊樹、お前鉄オタやろ? なんでそんなに道に迷うねん」

「僕、地上やったら全然平気やねんけど、地下に入ったら方向感覚失う性質やねん」

「どんな性質やねん!」

「いや、これ遺伝」

「知るか!」

 充が横から言った。「俊樹、お前地球から出ていけ」

「それはマジでひどい」

 とにかく、未だ地下で迷子になっている俊樹を救出すべく、2人は彼がいまいる所まで向かう。

 12時15分。

 このトラブルがきっかけで、予定より15分遅れで午後の部はいよいよスタートすることになった。


 ☆次回 Chapter13 開幕 いよいよ、最終章がスタート!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る