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「やっぱり、血に染まった花が一番綺麗ね」


 アリシアが一本の花を手折った。まるで愛しむように優雅に手折られたリリスの花は、ミカの血を浴びて赤く染まっていた。


『私達が出会った時も、リリスの花が咲いていましたね。血のように鮮やかな赤色が綺麗でした』


「初めて会った時、赤いリリスの花が咲いてたって……」

「はい。雪のように真っ白な花びらが真っ赤な色に変わって散って逝った……あれは、とても美しい瞬間でしたね」


 アリシアのさくらんぼみたいな唇がふっと弧を描いた。


 …道理で。おかしいと思ったんだ。


 リリスは、白い花しか咲かない。この国に生まれた者なら幼児ですら分かる話だ。


 それなのに、花の種類に詳しいはずのアリシアが、俺でも知っている事を間違えるなんて。


「……魔王はお前だったんだな、アリシア!」


 分かっていたはずだ。


 魔族の獲物への執着は恐ろしい。それが力の強い者なら尚更に。


 だから、魔王に遭遇したら気をつけろと己の口で言ったじゃないか……。


「やっと気づいたんですか……まったく、鈍ちんなんだから」


 魔王アリシアの燃えるように紅い瞳は、まるで獲物を捕食する寸前の蛇みたいに瞳孔が細まっていて。


 豊かな白銀の隙間からは、いつの間にか魔族の王の象徴たる黒い角が生えており、その容姿は同じ人間とはとても言い難かった。


「……何でだよ」

「何がですか?」

「お前のこと信じてたのに。何で俺をこんな目に合わせるんだァッ!」


 俺の懇親の一撃はいとも簡単に弾かれた。


「何でって……あなたも好きでしょう? 世界で……いやこの地球上で一番綺麗な私が」

「……は?」

「私の為に壊れていくあなたを見ていると、私も嬉しくて美しく在れる」

「そんな……たかがそれだけの理由で俺を欺いたのか?!」

「はい」

「ふざけんな……っ?!」


 金縛りに遭ったみたいに身体が動かなくなった。


「忘れましたか? 私は魔王。人間のことわりなど関係ない。私は、私の犬を可愛がっただけ。それの何が悪い」

「……ひっ! 来るな! 俺の前に来るなっ!」


 剣を持った手は自分の意思とは反対に、魔王とは別の存在を傷つけてしまう。


 違う、違う、違う! 俺が戦わなきゃいけないのは……。守らなきゃいけないのは!


「違わない」


 視界が塞がれた。恐ろしい程に冷たくて。でも、恐ろしい程に懐かしい手で。


「大丈夫。あなたもう、私無しでは生きられない」


 耳元で悪魔の声が囁いた。逃れられないくらいに甘く、心地良い声で。


「さぁ、存分に世界を破壊すくっちゃってくださいな。魔王めがみ奴隷ゆうしゃよ」


 俺はもう、魔王アリシアの呪縛から逃れられない。


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女神に捧ぐ鎮魂歌 夜中真昼-よなかまひる- @mahiru07

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