第二章 傷だらけの勇者

1

「アル! 逃げてもムダです。さぁ、観念して私の勇者になって下さい」

「そんな草むらに踏み込んで……また魔物モンスターに狙われても、知らねーぞ」

「大丈夫ですよ。いざとなったら、アルが助けてくれますから」


 実際、アリシアは狙われやすかった。


 魔草の触手に吊るされたり、魔獣の巣穴に引き摺り込まれたり……。


 その度に何度助ける嵌めになったか分からない。


 現に今は飢えた魔鳥がアリシアの頭上をぴったりと旋回している。


「ったく。お前は本当に狙われやすいな」

「……すみません」

「魔族は狡猾で獰猛だ。自分の獲物に執着し、所有印マークを付けるというが……もしかしたらお前も知らずの内に付けられたのかもしれないな。何か心当たりは?」


 アリシアは首を横に振った。


「そうだよな。魔族に遭って、まず無事なわけないか」


 脳みそを侵され、廃人のような状態で発見されるのが殆どだ。


「特に魔王……アレは、おぞましい」

「魔王に会ったことがあるのですか?」

「一度だけな」


 白銀の髪に黒の角。蛇みたいに紅い瞳。完全に人間離れした異様な姿だった。


「為す術ないとは思うが、精々会わないように、気をつけるこった」


 偉そうな口を叩きつつ、白銀の悪魔を思い出しては震えている俺の手足。これでは立つ瀬がない。


「大丈夫です。怖くないですよ。これからは私が一緒ですから」


 ふわふわとした柔らかな胸の感触が頭を包んだ。


 確かに、恐怖感は吹き飛んだが、別の意味で気が散りそうだ。


「……どうして俺なんだ? 真面目な話、あんたにふさわしい勇者なら、あの剣士おとこ抜きで他にも居るはずだ」


 彼女に動揺を悟られたくなくて、俺は精いっぱいの平然を取り繕う。


「それは……あなたが私の勇者だからです。死んでもいいやと自暴自棄だった私を救い出してくれたあなたを今度は私が守りたい。そんな理由じゃダメですか?」


 真っ直ぐなその告白は、ぐらりと胸を動かされた。


 後日、俺はアリシアに告げた。


「……故郷までなら送ってやる。お前の故郷はどこだ?」


 数日悩み抜いた末に、妥協に妥協を重ねた妥協案だ。


 アリシアに勇者になれと迫られるのが鬱陶しいからで、絆された訳では決してない。


 たったそれだけなのに、アリシアは大げさに喜んだ。


「おい。もうちょっとっていつだ? いつお前の故郷に辿り着く?!」

「もうちょっとはもうちょっとです〜」


 アリシアと二人旅を始めて一年が経った。なのに、アリシアの故郷にはまだつかない。


 しかし、彼女と続ける旅は、思いの外悪くなくて。


 いつしか俺も行き先を聞かなくなった。

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