第4話 トイレに行く

 トイレは男女共用トイレと、女性専用トイレがある。女性専用トイレの方は、おむつを交換する台が置いてあり、そのために男女共用トイレより広かった。


「男子トイレにおむつ交換台ないの、父親が子連れで来る場合は不利じゃないか?」


 ヤマトの疑問に、タコ太郎が答える。


「日本の男女共同参画社会はなかなか難しいタコね。僕の故郷は性別が720種類あるから、まず性別でトイレを分けることが難しいのだけど……」


(どんな故郷だよ……)

 とヤマトは思ったが、口にはしなかった。

 トイレには窓がある。ヤマトは窓を開けた。面格子がつけられており、脱出するのは不可能のようだ。

 女性専用トイレには何もなかったため、男女兼用トイレへ向かう。




 案の定男女兼用トイレには、同じく鍋を被った成人女性らしき人間が倒れていた。──ふ、


(普通の人間だ―‼)


 ヤマトは心の中で叫ぶ。触手もなければ、水かきも甲羅も存在しない。


 先ほどのヤマトたちの声で目が覚めたのか、一人で上半身を起こす。



「大丈夫タコ?」

「……」

 女はすぐに立ち上がったが、喋る気配はない。

「……えーと、名前は?」

「……」

「ここに来る前のこと、覚えているタコ?」


 タコ太郎が尋ねると、女は動き始めた。

 カクカクと動くしぐさは、物を持っていなくても持っているように見せ、その場から離れていないにも関わらず、走っているように見せる。これは……。


(パントマイムだ……)


 演劇の天才も真っ青なパントマイムである。

 ふむ、とカワジローは頷く。


「つまり貴殿も、仕事帰りに攫われたということだな」


 カワジローの言葉に、女はコクコクとうなずく。


「貴殿の名前は山崎やまざき舞夢まいむ。そこから記憶がないということは、オーディション帰りに攫われたということか……」

「あれ、名前まで読み取れる要素あったっけ⁉」

 確かに舞夢のパントマイムは素晴らしかったが、名前までは読み取れなかったヤマト。


「それがしも演劇に憧れた一人。多少の心得はある」ふ、とカワジローは悲しく微笑む。


「夢を追いかけ上京したが、アルバイトの方が過酷でな……地下で河童巻きを作り続ける仕事をしているうちに、夢を見失い……」

「なんか聞いたことあるけどそれ以上聞いちゃいけない気がする‼」


 慌てて自分の耳を塞ぐヤマトだったが、鍋を被っていたためできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る