第2話 オークエンペラー
ゲイルはオークキングの返り血を浴びたままの格好で、攫われたエルフの縄を解いていた。
今回の任務の本来の目的はオークの様子を見に行くだけであり、本格的な討伐はギルドで大規模パーティを組んでの討滅戦になる。その予定だったが、ゲイルがオークの住処になりそうな洞窟を発見したところで、見張りをしていたオークに見つかりそのまま討伐に入ったに過ぎない。
「これで討伐と連れ去られたエルフの奪還完了ってところか?」
ゲイルが捕縛されていたエルフたちを解放すると、ジークの肩を叩く。
「そうだな。これで終わり。と言いたいところだが、わかるだろ?」
ジークはこの大広間の方に向かってくる敵性勢力を察知し、それに対して警戒していた。
「ああ、オークの残党だろ? こいつらじゃ手間でもなんでもないだろ?」
ゲイルは余裕綽綽という感じであるが、それに対してジークは若干の冷や汗をかいていた。
「…………エンペラーがいる」
ジークのその一言にその場に居る全員の雰囲気が変わった。オークエンペラーはオークキングの上位種。オーク種の最上位個体であり、その戦闘能力はオークキングの数十倍に上る。現状の戦力はゲイルとジークだけであり、エルフ達を守りながら戦うのは極めて困難な状況であり、オークエンペラーは通用路を一歩づつこちらに近づいてきていた。
「ここに真っ直ぐ向かっている。脱出経路はエンペラーを討伐する以外で確保は難しい。ゲイル。行けるか?」
「当然よ! オレサマがエンペラー如きに殺られるとでも?」
自信満々に返してくるゲイルに笑みを溢す。最強無敵のウェポンマスターと名乗り、手を差し出してきたあの時と変わらない顔を見せている。
まともな思考回路をしていれば、オークエンペラーから逃げるのにどれだけの犠牲を払うかを考えるものであるが、ゲイルもジークもエンペラー討伐を最初から考えていた。
「そんな作戦でいいのか?」
ジークの考えた策に疑問を呈す。
「あと数時間粘れそうならもっといい策を組めるがな」
十数分の間に考えた策は奇策も奇策。これで成功するとしても成功率は数パーセント足らず。普通のパーティでは到底選ばれないような策だ。
「…………。と言うことだ。オレらの本来の仕事は終わっているが、残業しなければ帰ることすら出来そうにない」
エルフ達にジークは数分で考えた策をエルフ達に伝える。エルフ達は驚き、そんなことをしていいのかと悩んでいたが、このエルフ達のリーダー的な人物がその案を受け入れた。
フーッ、フーッ。
エルフ達に考えた策を伝え終わったところで、唯一の出入りできる通用路からオークエンペラーが姿を現す。
そこに
「んじゃ、手筈通りに頼むよ」
ジークはエルフの元から離れ、ゲイルの背後に立つ。
「さぁ! 死逢おうぜオークエンペラー!」
ゲイルが跳ぶ。一瞬でオークエンペラーの持つ棍棒を振れない間合いに入り込み、ハチェットで足回りを崩しに行く。
全身に魔力を通し、身体能力強化した状態でハチェットを振り下ろす。しかしハチェットの刃がエンペラーの皮膚を貫くことは無かった。
「カッテェな」
一撃で破壊できそうにないと判断すると、すぐさまエンペラーと距離を取る。少し遅れてエンペラーの脚が、ゲイルがさっきまでいた場所を薙ぎ払った。大木の幹に近い太さの脚で蹴り飛ばされていれば、ゲイルでもただでは済まなかっただろう。
「あっぶねぇな。おい」
エンペラーの足回りを落とせれば、エルフ達を逃がすのに余裕を持たせられそうだったが、そう簡単に行かせてはくれない。
「霧よ。ミストバインド」
ジークはゲイルに意識が向いたエンペラーから視界を奪う。しかし、それでオークエンペラーの動きを拘束することは出来ない。
ウオォォォォォォォン!
視界が奪われたことに驚き、エンペラーが暴れ回る。
対象を定めずに周囲を攻撃して回るエンペラーに対し、エルフのリーダーが近くに置かれていた弓矢を使いエンペラーの片目を潰す。
オオオオン!
エンペラーが目を抑えるために棍棒を床に落とす。
「そいつはいい武器だ」
ゲイルはエンペラーの落とした棍棒を拾い、その棍棒に魔力を通す。エンペラーの使用する武器であれば、片足を叩き潰すくらいの威力は出せる。
「おぉりゃあああああ!」
棍棒をエンペラーの両足に向かって思いっきり振り抜く。オークエンペラーの持つ武器とゲイルの能力を合わせた一撃はオークエンペラーの両足の骨を砕きながら、その役目を終えたと言わんばかりに棍棒もへし折れる。
「雷よ。貫け、サンダーピラー」
雷の槍がオークエンペラーの脳天を貫く。通常の方法ではエンペラーの咆哮で無力化される魔法であるが、不意打ちに近い一撃であったジークの魔法は無効化される前にエンペラーの身体を貫きその巨躯は地に倒れる。
「これで終わりだな」
ゲイルがオークエンペラーの持っていた鉈で首を叩き落とし、その
圧倒的な戦闘力と軍団力で、この森の支配者として長い間君臨していたオークとそのエンペラー。その首をたった二人で落としたゲイルとジークの名はギルドだけではなくエルフ界隈にも轟くことになった。
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