仲間になりたそうな目でこちらを見ている。

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読み切り

 悪意も敵意も無い。条件反射だったのだ。

 茂みから目の前に突然飛び出してきた男をその場で殴り倒してしまったのだ。男は「ぎゃふん」と言って地面に打ち付けられ、その場でピクピクした後、口元を手の甲で拭いながらこちらに視線を向けた。よく見ると、禿げかけた中年男性だった。身体の線も細い。

「すまん、いきなりだったからモンスターかと思った」

 倒れている男に向かって俺は詫びた。日中とはいえ林道で薄暗い。モンスターとのエンカウントも少なくない中で突然飛び出されると殴ってしまうものだが、こうしてひ弱な中年男性の寝そべっている姿を目にすると謝らずにはいられなかった。

「いえ、いいんです。実際モンスターですし」

「え?」

「モンスターなんです。襲おうと思ってました」

 禿げかけた線の細いブリーフ姿の中年男性を見下ろしながら俺は、「何言ってんだこいつ」と思っていた。

「貴方に殴られて目が覚めました。初めてです、こんな気持ち。なんというか、清々しいというか。どうでしょうお兄さん、もしよろしかったら、私を一緒に連れて行ってもらえませんか?」

 そう言って、男は仲間になりたそうな目でこちらを見つめていた。しばし沈黙する。木の葉の風に揺れる音が聞こえる。急な面接に俺は戸惑いを隠せなかった。なにせランニングとブリーフ姿の自称モンスターこと中年男性が売り込みに来ているのだ。

「俺が何をしているのか分かっているのか? 魔王成敗のために各地を旅する戦士なんだぞ?」

「そのようにお見受けしておりました。是非、お力になりたいです」

 キラキラさせた眼差しに口篭もる。何せ今目の前にいるおっさんについて俺は何も分からないのだ。

「……君、名前は?」

「妖怪、股関節鳴らし、です」

「え?」

「股関節鳴らしです。妖怪の」

 大体こいつの全てが分かった気がしたが一応聞くことは聞いておく。

「なるほど、とりあえず得意技だけ聞いておくよ」

「股関節を鳴らすことです」

「だろうな。他当たってくれ」

 俺はにべもなく男をやり過ごして先へ足を進めた。

「そんな、殺生な」

 後ろから中年男性の泣きそうな声が聞こえてくるが、俺は無視して前を行く。

「そんな、殺生な」

 背中から足音がついてくるのが分かる。しかし振り返る気は無い。もう夕刻に入ってきていて、夜までにはここを抜けたいのだ。町でさっさと宿を見つけて休みたい。中年男性の相手をしている暇は無い。

 ズンズンと気にも留めずに足を出す。

「そんな殺生な」

 しばらく歩いているのだが足音はずっと後をつけてくる。なかなか諦めが悪い奴だ。

「そんな、殺生な」

 ずっと言う。あいつ同じことずっと言う。

 小一時間歩いているが、ここまでついてこられるとさすがに気にはなり出してしまう。無視しててもずっと同じ事言うしイライラする。俺は何とは無しに後ろを振り返ってみた。すると。

 中年男性が仲間になりたそうな目でこちらを見つめながら激しくスキップをしていた。

(え? えっ? ずっと? ずっとスキップ?)

 膝を思い切り振り上げ太ももは地面と水平にまで持ち上がっている。

 俺は前に向き直って歩きながら考えた。ずっとスキップでついてきたのだろうか? いやでも足音の間隔はスキップって感じでも無かったけど。仮にスキップだったとして距離が全然詰まってないってどういうこと?

 ブリーフから伸びる太ももは細くて心配になるほどだ。あの太ももでそんなにずっとスキップしていられるものだろうか? 俺ですら、こうして歩いていて少し足が気怠いのだ。

「一緒にどうですか?」

(するか!)

 イラッときて反射的に言い返す。心の中で。

 まずい、相手のペースにはめられている。考えないようにしなくては。そう思いつつもスキップするおっさんの姿が頭に浮かんでしまう。本当に足音しないし、何ならスキップするおっさんに背後を取られていること自体気味悪くなってきた。

 そんなことを考えていると気になってきてしまう。振り返ろうか。いや、そうちょくちょく振り向くと興味があるように思われてしまう。それも癪だ。腹が立つ。でも、でも。

 俺は溜まらず顔を振り向けてしまった。すると。

 中年男性が、両掌を合わせて腕を垂直に上げ、足を交互に交差させながらくねくね歩いている。仲間になりたそうな目でこちらを見つめながら。デューク更家みたいな歩き方をしている。

 異世界においてその革命的な歩き方で名を馳せた伝説の公爵がいると文献で目にしたことがある。歩き方は先ほど描写したおっさんの歩き方のまさにそれだったから追記することは無いが、まさにそれだった。

「仲間にしてくださいよう」

 ブリーフ、ランニング姿の中年男性がくねくねしながら歩いている。何も言う気がなくなった。急速に醒めていく意識の中、視線を戻してただひたすら町を目指し歩き続ける。後ろで奴はくねくねしながら歩いているんだろうか? 俺は首を振った。

「一緒にお供させてくださいよぅ。後生ですよぅ」

 こちらがちょうど気にしなくなったぐらいの間隔で話しかけてくる。

「後生ですよぅ」

 他のことを考えたいのに忘れそうになると抜群の間で声をかけてくる。

「喉渇いたんで腰に下げてる水筒の水飲ませてくださいよぅ」

(飲ますかっ!)

 図々しい以上におっさんの口が水筒の飲み口に触れる事が嫌悪された。もうそれは俺の水筒では無くなる。おっさんの水筒だ。俺も年齢的におっさんに片足突っ込んでいるからある意味既におっさんの水筒なのだが、そのおっさんとはまた別のおっさんの水筒になってしまう。

「お願いしますよぅ」

 最初は我慢していたが、しかしそれが続くといい加減に腹が立ってくる。疲れてきているし、はっきりと断ってもう終わらせてしまおう。

 腹を膨らませ、溜め込んだ怒りを喉元まで押し上げ、振り返った。その視線の先に。

 中年男性が、サーカスによく出てくる中に人が入ってグルグル回転する巨大な車輪に掴まってグルグル回っていた。どうやっているのか分からないが顔を常にこちらに向けていて仲間になりたそうな目をしている。こわっ。

 怒声をかまそうと開けていたその口を閉じ、出かかった声を飲み込んで再び町を目指して歩き出した。

 日がどんどん暮れていく。無言で歩き続ける。

 腹が立っていた。怒りが込み上げていた。何故だ。何故なんだ。得意技を聞いたときに何故あの車輪じゃ無くて股関節鳴らすことだと答えたのか? 一度も股関節鳴らさねえじゃねえか。あれ使えるならそれ言えよ。ていうかあの車輪どこから持ってきたんだよ。音してねえしどうなってんだよ。すげえよ。あいつすげえよ。やっぱり採用しよ!

 もう完全に雇用契約を結ぶ勢いで振り返ると、男は消えていた。

 跡形もない。見回しても、茂みを探ってみても、姿も気配も何もない。

 遠くの山に太陽は隠れ、残光が赤々としている。こうなると夜の足は速い。しばらく立ち尽くした俺は踵を返して街灯の灯りだした町へ歩き出した。

 いつの間にか林道を抜け、周囲は景色が開けていた。無言のまま、足音と風の音だけが聞こえる。振り向くとどんよりした闇の中、風に吹かれて揺れる木々が渦巻くように見えてくる。

 しかしあいつは一体何だったのだろうか。まあ妖怪だって言ってたし、妖怪らしく消えたんだろう。消えた。消えた……? 

(こういうとこだけちゃんと怖っ!)

 俺は足早に町へ入り宿を取りぐっすり寝た。後日魔王をしっかり懲らしめ、膝詰めで詰問した。鼻水垂らしながら泣きじゃくる魔王の頭をポンポンして野原に放してやると、魔王は駆け出し、名残惜しそうに二三度振り返った後、森の中へ走って行った。

 魔王かわいいよ魔王。


 おしまい。

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