黒の魔導師の恋わずらい ~ぽんこつ少女、草原を駆ける~

山田あとり

第1話 アルスターナの魔導師


 このアルスターナの都には、若き魔導師が二人いる。



 黒銀こくぎんのタリヤ。

 何本にも編んだ長い黒髪と漆黒の瞳。

 銀糸の刺繍の黒い長衣カフトルが優美な少女。

 ――だが、その素顔は?



 白金はくきんのカザク。

 金の髪とはしばみ色の双眸そうぼう

 金糸の刺繍の白い長衣カフトルが凛々しい青年。

 ――そして、その本性は?





 ***



「ねえカザク、私達って手品師みたいね」



 優しげな微笑みを浮かべつつ、タリヤは不満を呟いた。

 小さな声。ザワザワと彼女を遠巻きにする大勢の人々には聞こえない。


 可憐な見た目とは裏腹に、その声色は心底面倒くさそうだった。


 タリヤはもう十七歳。でもいつも気まぐれで、フワフワと落ち着きがない。

 だから淑女のように大人しくしなければならないこの時間が苦手だ。



「見世物なんて終わらせて、早く帰りたいんだけど」

「こんな奇術に意味はないけどな。これでも仕事だろう」



 人々の前に堂々と立ち、カザクは唇だけを動かして答える。


 二十一歳のカザクはタリヤよりも大人で冷静だ。だからこそ、広場で時々行うこの小芝居に飽き飽きしている。だが貼りつけた笑顔は決して崩さない。

 そんな自分を嘲笑わらいたくなるのでカザクの笑顔はむしろ本物になる。



 二人の魔導師は時々、魔力による奇跡を見せることになっていた。人々に王の力を知らせるために。

 魔術を使い都を守るのは王から命ぜられたからだと喧伝し、王権の威光を高める。そのためのだった。


 くだらないが、これがアルスターナの双璧と讃えられる魔導師の仕事だ。




 日干しレンガで作られた四角い建物の並ぶ街。夏の日射しに壁が白っぽくまぶしい。

 高い壁を背にした王宮前広場の真ん中は街路樹もなく、日ざかりで埃っぽかった。


 見目麗しい彼らに向かって指笛と、イヨッという掛け声が飛んだ。

 酔っ払いか。本当に芸人と勘違いしたのかもしれない。



「もう! 嫌ぁよぅ……帰ろうよ、カザク」



 戸惑ったように後ろを向いたタリヤは、カザクの背中に隠れた。

 思いきりふくれっ面をしているが、はたからは恥じらう美少女の背中しか見えない。カザクは肩越しに励ました。



「頑張れ。今日はここで、小間使いになる子を探すんだろ?」

「あ。そうだった」



 ささやくカザクに守られるようにして、タリヤはもう一度人々と向き合う。

 指笛の主は周囲に笑われながら役人につまみ出されていった。


 大道芸人だと思われても仕方なかった。

 本当に種も仕掛けもない魔術なのだが、やっている本人達もこうして見せる物は子ども騙しだとわかっているから。




 ここは大陸の中央。

 騎馬の民アリーが築いた、草原と沙漠に囲まれた都アルスターナ。

 東西南北の十字路にあたるこの街には、人が集まり、隊商キャラバンが行き交い、物があふれる。


 都に緑をもたらすのは豊かなオアシスだ。

 水を枯らさず街を守るのが王の、そして魔導師の役目だった。




 役人が広場の井戸から汲んだ水を桶で運んできた。これをに使う。


 タリヤがスイ、と腕を伸べると囲む人々が静まった。期待のこもった眼差しが刺さる中タリヤは微笑む。



 桶から水の一部が丸くになって浮かび上がった。

 水が暗い影を帯びる。

 ギチギチと軋み震えながら空に昇っていく。


 するとカザクが指を鳴らした。


 その合図で水はパアンッと弾け飛び、白くきらめく細かい霧となって広場に降った。

 夏の昼間の熱気を冷ます霧に人々が歓声を上げる。



 広場の人の中に質素な身なりの子どもの一団があった。年齢もばらばらな彼らは、孤児院から見物に来ている。

 タリヤはその中の一人の少女に目をとめた。


 まだ幼い、無垢な瞳。ほとんど呆然とタリヤとカザクに見惚みとれて動かない。



「――可愛い!」

「気に入った子がいたのか?」

「うん。私になついてくれるかな?」

「大事にしてやれば、大事に思ってくれるさ――こら、顔を引き締めろ」



 人前なのを忘れて無邪気に顔を輝かせてしまうタリヤをカザクは叱った。

 頼りないこの妹分を守るのが自分の使命だとカザクは思っている。




 タリヤが見つけた少女はシルという。まだ八歳だった。

 焦げ茶の髪の下手くそなお下げ。刺繍もなく丈も足りない長衣カフトルを着ている。下穿きシャルワンも擦り切れそうで、おそらく孤児達の間で代々お下がりにされてきた物だろう。


 みすぼらしいシルは、このついの魔導師の美しさに動けなくなっていた。


 ――あんな方々にお仕えすることができたらいいのになあ。


 シルのような孤児達は貴人の館や裕福な家の下働きになることも多い。

 安く使えて、どうしようと主の勝手にでき、都合がいい。元が孤児なのであっても逃げ帰る場所もない。

 つまりそういうことだった。



 シルは仲間に小突かれて我に返った。きちんと並べと指示が出たらしい。今日は孤児院の皆が総出だった。この子らは実は、魔導師達の求めで呼ばれている。

 一列になった孤児達と共にシルは胸を高鳴らせて立った。




 向こうに二人の魔導師がいた。

 シルが見惚れていると黒銀の魔導師は柔らかく笑った。真っ直ぐにシルを見て、何故かこちらに歩いてくる。


 正面に来たタリヤとシルの目が合った。

 タリヤの黒い瞳に吸い込まれてシルは動けなくなってしまった。唇を小さく開けたまま、頬が紅潮する。

 タリヤは満足げにシルを見つめてうなずくと、口のをほころばせたのだった。







 ***


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