落ちこぼれ

 生まれた時から私は落ちこぼれだった。

 シェル人だというのに魔法も使えない無価値な存在だとそう言われ続けた。10歳の時にドラゴンの指輪を嵌めた時にも少しでも魔力があれば微量でも光るというのに、私の指輪は全くと言っていいほど光らなかった。

 16歳になるまでには魔力も馴染むと言われていたが、元からなければなんの意味もなかった。全く魔法を使える気配のない息子など、存在しても恥になるだけだと、ドラゴンを決める儀式を始める前に捨てられた。14の時だった。生きる術もなく、盗みをして警察から逃げる毎日。

 そして流れ着いた先がはみ出し者達の憩いの酒場だった。冒険者ギルドという大層な名前はついていたが実際は虐げられている者への仕事の斡旋所のようになっていた。シェル人の住む豪華な街並みの角にひっそりと隠れ家のようにあり、店主が社会的地位の低いゴリン人なのも苦労を伺わせる。


「シェル人はお断りだ。……と言いてぇところだがお前みたいに住む場所に困って流れ着いてきた良い奴が先に一人いたんだよ。シェル人も嫌味な奴ばかりじゃねぇと教えられた。困っている奴は誰でも歓迎するぜ。」


 そう歓迎された。自分以外にも似たような境遇のシェル人がいたのかと驚いた。そして、ここで働いていたらいつか出会えるのではないかと思い、数年間酒場で働かせて貰っていた。


 そんなある日の夜ドラゴンを連れたゴリン人が現れた。シェル人以外が連れ添ってるとはよっぽど位が高いのかと思ったら話を聞いていると店主の言っていたあのシェル人だったらしい。相当訓練したんだろう。全くシェル人に見えなかった。話が聞こえるように楽しそうに店主と離している彼に近づいた。


「皆に紹介しようと思ってここに来たんだよ!友達のドラゴンのピースだ!皆仲良くしてやってくれ!」


 そう紹介されたドラゴンは巨大な体で鋭い爪からして戦闘用のドラゴンだと思っていたが、友達と呼ぶのかと驚いた。そもそも店主から聞いていた話だとドラゴンが飼われている現実に嫌悪していて『大厄災』に会いたがっていたらしいというのにどういう事だろうかと思った。


「……ピュラスだ。よろしく頼む。レイルがお世話になっていたと聞いていた。様々な種族がいて居心地の良い所だな。」


「ありがとな!良いドラゴンじゃねぇか!しっかしお前さんがドラゴンと共にいるとはな。大厄災さんはどうしたんだ?」


 気になっていた事を店主が聞いてくれた。返答を待っていると彼は笑いながら驚きの言葉を発した。


「ああ、聞いて驚け!このピースがなんとあの『大厄災』さんだ!封印を俺が壊したんだぜ!で、戦って仲良くなって二人で旅してたんだ!」


 その言葉が聞こえた一瞬酒場の空気が止まった。そして一瞬の間を置いて賑やかになった。ガヤガヤと賑わう酒場の中で注目の的の『大厄災』本人は恥ずかしそうにしていた。

 店主も流石に驚きを隠せないのか唖然としていたが落ち着きを取り戻し、優しい目でドラゴンを見つめていた。


「そうか。お前さんがねぇ。こいつは破天荒だから苦労するだろ!お疲れさん。」


「そうだな。無鉄砲に行動する節はあるが……悪くはない。好ましく思う。」


一体どうやって『大厄災』と出会ったのか、シェル人でありながらもどうしてそんなに自由に生きられるのか、同じ立場として是非とも話をしてみたいと思った。


「あの、初めまして。その旅の話について私も聞いて良いですか?」


「ん?見ない顔だな。新入りか?しかも俺と同じシェル人じゃねぇか!よろしくな!」


「ああ、5年前に拾ってよ。お前みたいに良い奴だぜ!こいつずっとお前に会いたかったみてぇだから仲良くしてやりな。」


 店主に会いたい気持ちを気づかれていたのかと少し恥ずかしさを感じた。


「構わないぜ!俺はレイルって言うんだ!お前は?」


「ノルです!」


「よっしゃ!今日は朝まで飲み明かそう!」


 そうして話を聞きながら長い夜を共にした。


 出会うまでの旅の話も面白く、『大厄災』と出会った時に自ら戦いを望み、戦ったのも同じ種族とは思えないほど命知らずな戦い好きだと思った。

 そして驚いたのがレイルは女性だという事だった。短い髪や筋肉がしっかりしている体のためちっとも見えなかった。と言っても私も自分が男だと言ったら驚かれたためお互いそう見えない見た目だなと笑いあった。

 何故家出したのかを聞いたら家族の話には共感しかなかった。私の生い立ちについても言える範囲で話したらレイルさんは号泣してピュラスさんにも同情された。この二人は違う性格ではありながらも優しくて良いコンビだと思った。呪文も使えない私だと旅をするのも苦労しそうなため、楽しく旅をする二人が羨ましく感じた。そんな思いを見透かされたのか寝落ちする直前にこう言われた。


「良いですね……。街を旅して……羨ましいです……。」


「なんかノルとは初めて会った気がしねぇなぁ。名前も似てるしシェル人だし家族がヤバい奴だって言うのもな!よし!俺達の旅についてくるか!?歓迎するぞ!」


「おい……レイル。そんな簡単に言って良い事ではないだろう……。」


 旅についていくと言うのは魅力的な提案だった。

シェル人の高級街に囲まれたここの街から逃げ出したいと言うのは本心だった。眠気に誘われていたがこれだけは言っておかないといけない。


「私は……厳しい旅だとしても、着いていけるなら着いていきたいです……。強く、呪文が使えるようになったら……色んな街を見て……自分の……存在意義を…………見つけたい……。」


 最後の言葉を言い終えると眠気に耐えきれずカウンターにうつ伏せになり意識が遠のいた。微かに分かるぜと言うような声が聞こえた。



 目を覚ますとすっかり昼になっていた。仕事もしていないのにと慌ててガタッと大きな音を立てて席から立ち上がる。カウンター越しに店主に笑われる。


「すみません!店主!寝過ごしました!」


「落ち着け。それよりも後ろを振り返ってみろ。」


 後ろ?と振り返ってみるとレイルさんと、ピュラスさんが入り口に立って話をしていた。こちらに気がつくとレイルさんは笑顔になり近づいてきた。


「おう!起きたか!このまま起きないかと思ったぜ!」


「すみません……昨日の夜あんなに夜更かししたのは初めてで……。」


「気にすんな!ほら、行くぞ!」


 そう言うとレイルさんは手を差し出してきた。


「えっ……?」


 よく分からず思わず思考が止まった。


「そんな一言だと意味がわからないだろう……。きちんと説明しろ。」


 ピュラスさんは呆れ顔でそう言っていた。レイルさんは分かってるよ!と言いコホンと咳払いすると未だに呆然している私を見つめて言った。


「俺達の旅に着いてきてくれないか?もちろんノルの気持ちが一番大事だけど、俺はノルの事が気に入ったんだ。着いてきてくれたらきっともっと楽しい旅になる。そんな気がするんだ!」


 その言葉に衝撃を受け、先程とは違う意味で思考が止まった。


「え……。でも、私は呪文も使えなくて、強くもなくて……。」


「呪文が使えなくたって良いんだよ。呪文が使えない?強くない?そんなのいくらでも俺達でカバーする!気にするなら俺達のできない事をカバーしてくれ!俺が一緒にいたい、ただそれだけだ!」


 レイルさんの引っ張ってくれるような言葉に気づかぬ内に涙を流していた。それに気づいたレイルさんはギョッとしていた。


「お、おい!大丈夫か?」


「いえ!大丈夫です……。嬉しくて、その……。私も、着いていきたいです!」


 そう答えるとレイルさんはよっしゃ!と拳を突き上げ喜んでいた。嬉しさで胸がいっぱいになっていたが、ここで店主の事を思い出した。店主の方に顔を向けると穏やかな表情をしていた。


「あの、すみません、店主……。今まで育ててもらっていて申し訳ないのですが、旅に着いて行っても良いですか!」


 そう頭を下げてお願いした。間を置いて店主はポンッと私の頭を撫でた。


「良いに決まってるだろ?別れはちと寂しくなるが子の成長を喜ぶのが送り出す親の義務って奴だ!」


 笑いながら言われたその言葉が嬉しくて耐えきれず大量の涙が溢れ出した。


「良い顔してるねぇ。別れも済んだ事だし……じゃあ、行くか。」


 決意を胸に、再び差し出されたレイルさんの手を取りピュラスさんの待つ入り口へと向かった。


「ありがとうございます!本当にお世話になりました!」


 最後にもう一度酒場の皆に向かって頭を下げた。


「成長した姿でまた会えるのを楽しみにしているよ。」


「じゃあなー!ノルは俺達で育てるから楽しみに待っとけ!」


「はいはい。レイルも頑張れよ。ピュラスさん。迷惑かけてすまんな。」


「もう慣れた。ありがとう店主よ。では行くぞ。」


 名残惜しい気持ちもあるが、外の世界に旅立ちたい。そんな好奇心を抑えられず、振り向いて皆を追い掛けるように外に出た。

一体どんな事が待っているのか、分からなくてもレイルさんとピュラスさんと一緒ならどこへ行っても楽しいと確信していた。

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