『大厄災』

 ドラゴンとして産まれ、森の奥深くで仲間と共に平和に暮らしていた。一時期は人間とも種族を越えて仲良くなる機会も会ったが、大多数の人間からドラゴンは人を襲うと勘違いされ、仲間を守るために長として人間と戦い……破れた。魔力の豊富なとあるシェル人に永年封印され出る事もなく暇をもて余している時に奴は現れた。

 短いながらもサラサラとして黒く艶やかな髪、黄色く輝きに満ちた大きな瞳、しっかりと筋肉がついて武骨な体、一見武力に嗜む民族性を持つゴリン人に見えるがよく見るとシェル人の顔つきをしていた。

 我を冷やかしに見に来たのかと脅し程度に爪を振るっても平然として、思いっきり手に持った斧を振りかぶっていた。何を考えているのかと思っていたら封印の魔法の壁を斧で引き裂いた。ガラガラと大きな音を立て崩れ散っていく壁に呆然としていると奴は洞窟内に響くほどの大きな声でこう言った。


「大厄災さん!あんたにずっと会いたいと思っていたんだ!」


 急に封印を解いたと思ったら謎の言葉をかけられ困惑した。大厄災……会いたい?一体何を言ってるんだこいつは。呆然と立ち尽くす我にこいつはより意味の分からない戯言を重ねてきた。


「良かったら俺と戦ってくれ!」


 意味がわからないが、キラキラと輝く瞳で見つめてくるこいつに沸々と好奇心が沸いてきた。


「ほう、我の封印を解くばかりではなく戦いを望むとは。お望み通りに戦ってあげよう。ちょうど退屈していた。」


 そう威厳を保つように低い唸るような声を出すがこいつは恐れる様子もなく楽しそうに斧を構えていた。


「ありがとう!よっしゃー!ではお願いします!」


 場に似つかわしくない元気なお礼と同時に斧を振り上げ飛んで向かってくる奴に自らの腕で斧を受け止めた。弱い人間の力ならば鱗に傷も入らない。だが力の限り振り下ろされた奴の斧は我の鱗にヒビを入れた。ただの斧で傷が付くとはと慄然したが良く見ると斧はダイヤモンドが混ぜられている複合金属だと分かった。


「なるほど。宝石を産み出す魔法を身嗜みではなくこのように使うとは!面白いな!シェル人よ!」


 斧をこれ以上押されないように腕を振り払おうとすると動きを察知したのか瞬時に奴は斧を鱗から外し、その勢いのまま後ろに一回転して着地した。


「おっとっと、まさか俺がシェル人だと分かるとは思わなかったぜ!さすが大厄災さん!でもっ俺だって役に立たない魔法を使えるよーーにっ、」


 言葉を区切った瞬間奴は腕を上げ、同時に周りの岩が浮かび上がった。


「努力したんだぜ!」


 大声と共に腕が振り下ろされ、全ての岩が我に向かって放たれてきた。

勢い良く投げられる岩に咄嗟に炎を浴びせ溶かしていると炎を器用に避けながら今度は斧に水を纏わせながらまたもや向かってきた。シェル人の魔法などたかがしれている……というのに努力で力へと変え、戦いを好む姿にはどこか懐かしさを感じ、好ましく思えた。


「おりゃあ!」


「ッ……。」


 意識を飛ばしていた時に今度は鱗が柔らかい脇腹へと斧を突き立てられ深く突き刺さり痛みに呻き声をあげる。


「やった!刺さった!」


 奴が何故か拳を突き上げ喜んでいる隙に勢い良く爪を振りかぶった。どうせまた避けられると思っていたが、気を取られていたのか気付く様子がなかった。このままではまずいと勢いを抑えようとしたが完全には止められず思いっきり体を抉ってしまった。


「グぁッ!?」


 奴はお腹から血を流し、後ろに倒れた。

 ドクドクと溢れる朱色が周りに広がり奴の息は荒く死の縁にいる事は一目瞭然だった。


「すまない!大丈夫か!」


 気に入った瞬間に気に入った相手を殺してしまいそうになった事に気が動転し、その姿に昔の記憶が重なった。


「……せいで……ね……けど。」


___血塗れになったシェル人……洞窟の中で二人きりで……泣きながら抵抗する我を宥め、魔力を全て……


「これで…ピーちゃんは生き……れ……。」


「やめろ!君の方こそ生きてくれ!」


 微かに思い出した記憶と強い想いに思わず彼女の体を抱きしめ涙を溢す。涙は雫となり彼女の傷口に当たった。

 すると不思議な事に彼女の傷口はみるみる内に塞がり、息を吹き返した。疲れもあるのか静かに寝息を立てていた。

 喜びと共に何故こんな事が……と疑問に思うがまずは彼女を看病しようと安静に寝かせられる場所を探した。



「アッハッハッハ!いやー死ぬかと思ったぜ!やっぱりつえーなぁ!」


 目を覚ましたかと思えば元気に笑う姿に苦笑いした。


「おかしな奴だ……。我と戦いを望み、死に際になってなお笑っていられるとは。」


「努力したからな!大厄災さんに憧れて強くなれたから実際に戦ってみたくなったんだよ!死んでも良かったんだが優しいんだなぁ。」


「……傷は癒えたか?」


「ああ!ありがとう!大厄災さん!大厄災さんも大丈夫か?ごめんな脇腹刺しちまって!」


「そんな浅い傷などはすぐに治る。それよりもだ。」


 何度も言われるその名前に疑問を隠しきれず思わず聞いた。


「その……大厄災とは一体なんだ。我の事か?」


「大厄災さんは知らないのか!?人間とドラゴンが戦う時に人間を縦横無尽に倒し回った事から大厄災って呼ばれた最強のドラゴンだよ!」


「……なるほど。」


 安直な名前のつけられ方に複雑な気持ちになる。


「そういえば本当の名前はなんていうんだ?」


「我の名前はピュラスだ。何と呼ぼうと構わん。」


「ふーんピュラスっていうのか。じゃあピュラスさん!これからよろしく!ついでに俺の名前も教えるよ!レイルってんだ!分かりやすいだろ!」


「レイル……?」


 名前に既視感を抱いた。その名前をどこかで聞いた気がする。だが大事な部分が朧気で思い出せない。何か、封印される前に何かあった気がする。


「ピュラスさん?おーい、どうした?ボーっとして。」


 ふと気が付くと何度も呼んでいたのかレイルと名乗る彼女は不思議そうに我を見つめていた。


「ああ、いや。何でもない。」


「そうか?まあいいや!ピュラスさん!さっきも言ったけどよ!良かったら一緒に外で旅しないか?」


「何……?ドラゴンの我を……?怖くないのか……?」


 急な誘いに驚くと能天気に笑いながらレイルは言った。


「大厄災っていうドラゴンは恐ろしくて最強だと思ってたけどよ!ピュラスさんは優しかったしな!ドラゴンと友達になってみたかったんだ!」


 ドラゴンであり、封印されているほどの我と友達になりたいという奇特な奴に衝撃を受けた。

 ……外の世界。封印されていたため永年も見ていなかったが、今の時代は、ドラゴン達は一体どうなっているのか気になる。それに、『大厄災』と呼ばれるようになった自分の過去のが一体どうだったのか……思い出したいと思った。何か、大切なものを忘れている気がした。調べなければ。


「そう、か。では良いだろう。レイル。共に世界に旅立とう。」


「……ッ!!本当か!ピュラスさん!」


了承する言葉を聞いて歓喜する姿を見るのは悪い気がしない。


「あと、これから旅を共にするのだからその他人行儀な呼び名はやめてもらいたい。」


「えっ!恐れおおいけど……名前、言いにくかったからピースって呼んで良いか?」


「……良いぞ。」


 謎の呼び名に複雑になりながらも既視感を覚える。

遠い昔、そんなあだ名で呼ばれていた……気がする。思い出す日は来るのだろうか。


「ありがとう!ピース!じゃあさっそく外に行こうぜ!」


 洞窟から外に出ると久方ぶりの太陽の眩しさに目を細め、空の青さ、見渡す限りの緑に心が奮えた。


「色を見るのは久しぶりだ……。行く当てはあるのか?」


「ない!自由気ままな旅だ!今までもなんとかなったから何とかなるさ!」


「……大丈夫なのか?ドラゴンが一緒にいて本当に問題はないのか?」


「大丈夫だ!世界は広いんだ。それが許される場所は絶対にある!」


 元気溢れるシェル人の友と一緒に、外の世界と自分の記憶とこれからに不安と期待を混ぜ合わせながら洞窟を後にした。

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