居場所を探して

メルリ

憧れ

「ヤベェ……。もう死ぬかもな……。」


煩い音が鳴り響いて塵に隠れながらも大きな影が微かに見えた。


「まあ……いい人生だった。悔いはねぇよ……。」


 お腹から温かい液体がドクドクと流れているのを感じ、死を覚悟した。微かに開いた目でふと自分の指先を見ると濁ってすっかり汚れ切った指輪がそこにあった。

 耳元で聞こえる音が段々小さくなっていき、芯から冷えるような寒さに身を守るように自分を抱きしめた。指輪に冷たい雫を感じ、朧げな目の前には懐かしい小さい頃の自分が見えた。走馬灯って本当にあるんだなぁ、そう思い微かに笑った瞬間俺は意識を飛ばした。


 生まれた時から空っぽだった。

 俺はシェル人としては異端だった。シェル人は魔法力が高く、戦いに赴く事を嫌い、知能が高く、美しさを尊い事とする性分だと言われていたが俺は違った。好きでもない勉強や稽古を習い、宝石を産む呪文、綺麗に掃除をする呪文、見栄えしか気にしない魔法の数々に、飽き飽きとしていた。

 親同士の仲は特に良くもない。唯一の俺の逃げ道は本の中にしかなかった。ドラゴンと人間の戦いの歴史の中で『大厄災』と言われている古のドラゴン。自由奔放に空を舞い、人を倒していく、そんな姿に憧れた。悲しくも、この強きドラゴンは人間に倒されどこかの洞窟の奥にひっそりと封印されたと伝わっている。

 この大厄災が封印された事によりドラゴン達は人間に降伏した。今のようにドラゴンの爪や鱗や内臓は魔法薬の材料となり、ドラゴンの涙は良くある願いを叶えるというような迷信的な御守りが大量生産され、ドラゴン自体も幅広く流通されるようになったと言われている。すっかり人間の道具として使われるドラゴンに俺は自分自身との境遇を重ね親近感が沸いた。古の大厄災のように自由に羽ばたいてここから逃げ出したいと心底思った。


 10歳の時にドラゴンの指輪を嵌めた。親から与えられるドラゴンの指輪。ドラゴンの指輪は今後自らの守護神として一生を守ってくれるドラゴンを得るための大切な伝統儀式だった。本人が強い魔力を持つほど指輪には強いドラゴンを指輪の中に封じ込める事ができ、そのドラゴンのレベルによりその人の価値が決まった。

 俺が指輪をはめた時に何やら素晴らしい魔力を持っているなどという事を言われていたらしいが、その時の俺はどうでもよかった。ドラゴンを従える気など甚だなかった。

 16になっていよいよ守護神にするドラゴンを選ぶというその最中に俺は逃げた。怖かったのだ。憧れの存在だったドラゴンを従えて、自分の価値を上げるための道具にするなんて、そんな事をしてしまうと今までの支えや憧れが壊れてしまうような気がした。俺は、無我夢中で絵本の中で見た『大厄災』に憧れて、家から飛び出した。


 外に出た所で助けを請える人もおらず、両親からの捜索からも隠れながら逃げて、途方に暮れ流れ着いた先が冒険者ギルドだった。シェル人が来るのは滅多にない事から最初はからかいを受けたが、雑用や掃除をこなし誠実に努力をしていたらその気概を店主に買われ、依頼を貰うようになっていた。最初は小さな依頼ばかりだったが、いつからか用心棒や実際に戦いに赴く仕事を請けおうようになった。シェル人には初見では見えない見た目になり一人で生きていけるようになったら名残惜しくもギルドと別れを告げ、『大厄災』を探す一人旅に出た。

 旅すがら国同士の争いに巻き込まれたり、シェル人がドラゴンを支配している現実を目の当たりにして嫌気が差したりしながらも封印されている洞窟を探して次々と街を巡って行った。


 遂には『大厄災』が封印されていると言われる洞窟についての情報を掴む事ができた。俺は洞窟に行き、封印されている『大厄災』の目の前にやってきた。封印の魔法の壁の中で眠っているようだが、普段見ている牙を抜かれたドラゴンとは違い、肉を抉り取るようなほど凶悪に鋭く尖った爪に、見ただけで硬く剥ぐ事は困難であろう事が分かる紺色に鈍く光る鱗、そして洞窟の天井まで届くかのような巨大な体。絵本で見たよりも荘厳で美しい姿に一目見た瞬間魅了された。思わず鱗に触れようとした瞬間『大厄災』は目を開け、空を切るような音が耳元から聞こえてきた。

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