時限爆弾だらけの1本道

蛾次郎

第1話




道幅が約1m半のガード下の歩道に時限爆弾が等間隔で並んでいる。

 

その数は7つ。制限時間は約30分。


道幅が狭いため、爆弾処理班の副班長、城ケ谷征也が1つ1つ丁寧にコードを切断していくしかない。



警察署の特別室に確保された主犯格のガイルは、城ケ谷がヘルメットに装着した極小カメラから映し出されたガード下の映像を見て、どの色のコードを切ればいいかを答え、処理班の班長、原田幹三郎が城ケ谷にトランシーバーで伝えていく。


「赤い線を切れ!」


「青い線を切れ!」


「赤い線を切れ!」


「青い線を切れ!」



「この流れで行くと次は赤い線かな?」

城ケ谷が時折余裕を見せながらコードを切断していく。

このペースでいけば残りの爆破装置も早めに処理出来そうだ。


「赤い線を切れ!」


青の次は赤。城ケ谷の簡単すぎる予想が当たった…が、一瞬動きが止まる。

城ケ谷は原田に映像を見せながらトランシーバーで伝えた。


「すいません。コードが全て赤なんですが…」


「え?…あ、ほんとだ…」

原田が映像を見て驚く。


「おい、ガイル?この赤い線は、どの赤い線の事を言ってるんだ?」


城ケ谷がライトで照らしている映像をガイルが目を凝らしながら見ている。


「バーガンディレッドの線すね」


「それはどれだ?」


「うーん…ライトが明る過ぎて色が分かりづらいすね」


「右から何番目の線だ?」


「何番目だったっけなあ…」


「配列を覚えてないのか?」


「俺、色で覚える人だから」


原田はガイルののらりくらりとした話しぶりに苛立ちながら、とりあえず城ケ谷に指示を送った。

「おい、城ケ谷!とりあえずライトの明るさを少し下げてくれ!」


「了解です」

城ケ谷がヘルメットに装着したライトの明るさを10から6に下げた。

「これでどうでしょうか?」


「ガイル、この明るさで大丈夫か?」


「ああ、うん。見やすくなったかも」


「城ケ谷、大丈夫だ」


「了解です」


「ガイル。バーガンディレッドはどの線だ?」


「うーん…」


「早く答えろ!」


「ちょっと待ってくださいよ〜。今細かくチェックしてんすから。むしろ邪魔してますよ?」


「…す、すまん」

原田は我にかえり気を落ち着かせる。


「右がワインで、その次がエンジ。で、その次が赤…」


「じゃあ1番左端か?」


「いや、違うなあ。1番右がバーガンディレッドかも」


「かもじゃダメだ!よく見るんだ!」


「あっ!」


「どうした?」


「マルーンだったかも」


「マルーン?何だマルーンて?」


「バーガンディレッドは途中でやめたはずだから、これはマルーンのコードだったかも」


「そのマルーンが1番右のコードなんだな?」


「まあ消去法でいくとね」


「消去法じゃ困るんだよ!クイズじゃないんだぞ!」


「確かに確かに。間違えちゃったら処理班が消去されちゃうもんね」


「殺すぞ!!」という声をグッと堪えた原田はガイルに最終確認をした。


「右端で大丈夫なんだな?」


「…大丈夫っすよー」


原田はガイルの軽い返答にはらわたが煮えくり返りながら城ケ谷に指示を送る。

「城ケ谷!1番右のコードを切れ!」


「了解です!」

城ケ谷がコードをゆっくりと切断した。


原田、ガイル、城ケ谷、その他の処理班達が息を呑んで見守る。


爆破装置の時計が止まった。


「ほら、大丈夫だったっしょ?」

ガイルが原田にドヤ顔で話す。


「よし!成功だ!」

原田が城ケ谷に伝える。


「では次の場所へ移動します」

城ケ谷が次の爆破装置の場所へゆっくりと移動する。


「おい、ガイル。次は何色のコードを切れば良いんだ?」

原田が尋ねる。


「えーと。1番渋いコードっすかねえ」


「またはぐらかしやがって!」

原田が机を叩きガイルの襟首を掴むと、後ろにいた処理班達が抑えた。


「やめてくださいよ〜、俺が気絶して泡でも吹いたらドボンすよ?」

ガイルがかったるそうに言うと、原田は歯を食いしばり襟首から手を離した。


「…原田さん…これ見てください」

城ケ谷がトランシーバーで呼びかけて時限爆弾の映像を見せる。


「……何だ?この色は?」

原田が険しい表情に変わる。

次の時限爆弾にはコードが5本付いていた。

コードの色は、左からダークブラウン、ダークグレー、ヘザーグレー、そしてブラックだった。

ガイルがボソッと話す。

「まあ、モノトーンコードって感じっすね」


「てめえ!コードの色に遊び心を出すんじゃねえ!!」

再びキレる原田がガイルの襟首を掴んだ。

慌てて処理班達が抑える。


ガイルはヘラヘラした態度で原田に言った。

「同じ色合いばっかじゃ飽きるっしょ?」


「時限爆弾のコードにマンネリとか無えんだよ!どの色を切るんだ!?早く答えろ!」


「だから〜、1番渋い色っすよ」


「どれなんだよ!?」


「どれだと思います?」


「そんなもん知るか!!どれも渋いだろうが!」


「ヘザーグレーじゃないでしょうか?」

城ケ谷が原田とガイルの言い争いを聴きながら話し出した。


「ブラックはきょうびメジャー過ぎます。ダークブラウンも流行のカラーになりつつありますし、ダークグレーもスーツで考えれば人気のカラーです。ですから消去法で考えると、ヘザーグレーが1番渋いんじゃないでしょうか?」


「どうなんだ?ガイル?」

原田がガイルを睨みながら聞く。

ガイルは原田のトランシーバーに顔を近付けて言った。


「城ケ谷さんでしたっけ?」


「ん?ガイル氏か?」


「城ケ谷さんハイセンスっすわ〜」


「え?何?配線?」


「俺より流行のカラーに敏感っすねえ」


「それはどういう事だ?」


「ブラックは市民権得ちゃって渋くねえって事っすもんね?俺、ブラックがブッチギリで好きなんだけどなあ」


「え?いや、そんな事は言ってない。渋い事は渋いと思ってる。只1番渋いって言ったら、この中じゃヘザーグレーじゃないのか?って事だよ」


「それって城ケ谷さんのイメージっしょ?」


「ああ、もちろんそうだ。言っとくけどな、俺の中で渋い=カッコいいでは無いからな?」


「え?じゃあ何なんすか?」


「だからまあ、他の言葉で言い換えれば、絶妙とでも言うか…」


「え?って事は、ブラックは絶妙じゃないって事っすか?」


「いや、ブラックは絶妙じゃなくて結局1番カッコいいカラーだと思ってるよ」


「はあ、なるほどー。ちょっと勘違いしてましたわ」


「それでどの配線なんだ?ガイル氏の中で1番渋い、つまりカッコいいと思っている色はどれなんだ?」


「ヘザーグレーっすね」


「え?」


「やっぱヘザーグレーが1番何にでも合わせやすいっしょ?」


城ケ谷はガイルにペースを崩されながら最終確認を取る。


「ヘザーグレーのコードを切れば良いのか?」


「そりゃそうっしょ」


「原田さん、ヘザーグレーのコードを切断します!」


「了解だ」


城ケ谷がヘザーグレーのコードを切断した。


爆破装置の時計が止まった。


ついに最後の爆破装置まで辿り着いた。

コードは左から赤、青、白。


「ガイル。最後のコードはどれだ?」


「青っすね」


「間違いないんだな?」


「はい」


「城ケ谷、青のコードを切ってくれ」


「了解しました」


城ケ谷が青のコードにペンチを挟んだ。


その瞬間、映像がプツンと切れた。 

原田が慌てる。

「お、おい!映像が消えたぞ!城ケ谷!?聴こえるか!?」


「はい、聴こえます。どうしました?」


「そっちの映像が見れないんだ。今コードがどうなってるか伝えてくれ!」


「今、青のコードを切断したところです!」


「異常は無いか?」


「時計が…まだ動いてます」


「何だと!?お、おい!ガイル!?これはどうなってんだ!?」


「え?…分かんない…っすね」


「何を言ってんだ!!お前が主犯格だろうが!!お前が分からなかったらどうにもならねんだよ!!」

原田が机を叩く。


「いや主犯は…」


そう言いかけた瞬間、ガイルが爆発し、特別室に居た原田と処理班達は巻き添えを食らった。


「原田さん聴こえますか?どうしました?」

城ケ谷がトランシーバーから応答を待つが音が聴こえない。


すると、通行止めのガード下の道路側に黒いワゴンが勢いよく走って来て、城ケ谷の所へ止まった。

中から黒づくめの集団が城ケ谷を羽交締めにして車内へとブチ込んだ。


周囲を警備していた警察のパトカーやバイク、警備車両がガード下へ向かうと、ワゴンはガード下を猛スピードで飛び出した。



パトカー、バイク、警備車両がガード下へ着くと時限爆弾が作動し、爆発の被害を食らった。



大通りを突き抜けて行った黒いワゴンは裏道を抜けて暗がりの車道へと走り去って行った。


城ケ谷はマスクに装着したボイスチェンジャーを取っ払い、ヘルメットを脱いだ。

ヘルメットに装着された極小カメラの配線は切断されていた。


「いやー、青のコードを切る寸前にカメラの配線切った俺凄いだろ?」


「さすがっすよ!ガイルさん!」


城ケ谷の自画自賛を黒づくめの集団が褒め称える。


「僕の運転も褒めてくださいよー。青のコードが爆発する30秒前ピッタリに到着したんすから」


「それは、てめえの当たり前の仕事だろ。それで雇ってんだからよ」


そう言うと城ケ谷は、処理部隊のユニフォームから免許証を取り出して城ケ谷本人の写真を見る。




「全然、似てねー!」

そう言いながら城ケ谷の免許証を見せると、黒づくめの集団が一斉に笑った。


「ガイルさんの見た目そんなイカつくねーつーの!」


「マスク様々だな!」

城ケ谷になりすましていたガイルが笑う。


会話が聴こえたのか、ワゴンの荷台で目隠しと口を塞がれ、縄で緊縛された城ケ谷本人が蠢いている。


「こいつどうします?」

集団の1人がガイルに尋ねた。


「まあ郊外出たら山にでも捨てとけ」




2時間後、郊外の山道へ到着した黒づくめの集団は、城ケ谷ではなく、緊縛したガイルを捨てて走り去った。



城ケ谷は監禁中、黒づくめの集団に爆破装置を作製した技巧や、警察に気付かれずに時限爆弾を配置した巧みな手口とチーム力、ガイルの影武者を用意し、その銀歯に極小の爆破装置を埋め込む技術力などを称賛し、特殊部隊のテロ対策や安全管理チームへ特別待遇で引き抜きたいと粘り強く交渉した。


契約すれば1人1億円の契約金をすぐに支払うと言い、警察庁特殊部隊のトップと連絡して了承させたのである。


ガイルの独裁と分け前の少なさに業を煮やしていた黒づくめの集団は、城ケ谷の取引を受け入れた。


城ケ谷は爆弾処理班の副班長でありながら、その統率力とIQの高さは班長の原田を遥かに凌いでいた。

それを良く思わない原田が、歩道の狭さを理由に1人で時限爆弾を処理する事を命じ、トップの力を誇示しようとしていた。


城ケ谷の鬱憤と黒づくめの集団の不満が合致し、互いのトップを処理する事でWIN-WINの関係が築かれた形になったと言っても過言ではなかった。



緊縛したガイルを棄て、山道を出たワゴン車が止まった。


「おい、何で止まってるんだ?早く走れよ」

城ケ谷が問いかけると、黒づくめ集団の1人が答えた。



「ガイルの手下は今、豚箱ですよ、城ケ谷さん」

そういうと、ガイルの手下になりすましていた特殊部隊班のメンバーが城ケ谷を取り押さえ、山道の出口で待ち構えていた警察のもとへ連れて行った。


「原田さんも信頼されてなかったみたいですけど、城ケ谷さんのワンマンぶりも大概みたいですね」


「お、お前らに何が分かる?」


「ガイルの手下と入れ替わっている事に気が付かないんですから。よっぽど周りが見えてないんですね」


「チキショー!!」


策士は策に溺れ、喚きながらパトカーに連れ去られて行った。




おわり

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