厄除大祭

第24話 厄除大祭 なまなり

 雲の隙間から、暁光が射しこむ。

 それでもまだ物陰にわだかまる夜陰の中で、もぞりと何かがうごめく。

 人のような、獣のような、しかしそのどちらでもない、何か。

 次の瞬間、玉散る刃が一刀のもとにそれを切り捨てた。

 それがざらざらと崩れて消えるのを確かめ、樂は刀をおさめた。

(三匹目……)

 秀眉をひそめる。

 年が改まってからというもの、卯月神社の近辺では妖怪を見かけることが増えていた。

 幸い、町の住民に被害が出たという話はまだ聞かない。しかしこれまでなら何事もなければ数日に一度だけ出くわす程度であったのが、今年に入ってから毎日、一、二匹、多いときには三、四匹の妖怪に出くわす。

 とはいえ決して強いわけではない。ただ数が多いと、それだけだ。

 葛や丙、庚に聞いてみたが、月葉神社や五宮神社の周辺では、これといって変わったことはないらしい。

 つまり妖怪が増えているのは、卯月神社の周辺だけということだ。

 最も不審なのは、この事態を知っているはずの卯月が、一日の見回りの回数を増やしこそすれ、それ以上の対策を取ろうとしないことだった。

 卯月のことだ、口に出さないだけで何か思惑があるのだろう――とは思うのだが。

(それにしても――)

 ここまで卯月が何も話さないことが、かつてあっただろうか。これまでなら最低限、必要なことは話していた、はずだ。


――人への被害は出ていないのですよね。皆には負担になってしまいますが……少し見回りを増やして、しばらく様子を見ることにしましょうか。


 はじめて異変を報告したとき、卯月は長考した後でそう言った。

 もうひとつ気にかかることは、正月からこちら、卯月がほとんど社から出てこなくなったことだ。日に一度は境内の見回りで外に出ていた卯月が、丸一週間外に出ないこともしばしばあった。

(それに――)

 数日前、卯月神社を辰巳と魁が訪れた。

 辰巳の身体もだいぶよくなったので、近々幽世かくりよに戻るという、その挨拶に来たのだった。

 辰巳の身体がよくなった、というのは口先だけの言葉ではないようで、辰巳は以前より血色もよく、やつれも前ほどひどいものではなかった。

 帰りぎわ、辰巳は卯月の目を盗むようにして、

――卯月に気を付けろ。

 そう、樂にささやいた。

 樂がその意味を聞こうとしたとき、卯月に声をかけられ、結局聞けずじまいに終わってしまった。


「お帰りなさい」

 見回りを終え、神社に戻ってきた樂へ、外を歩いていた卯月がにこりと笑んで声をかける。

 その卯月の周りには、ほんの一瞬、黒いもやのようなものが見えた気がした。

(今のは……?)

 まばたきしたとたんに、もやは見えなくなった。

「何か変わったことはありましたか?」

 樂から報告を受け、ふむ、と卯月が考えこむ。

 その顔はどことなく青白く、頬にも血の気がないように見えた。

「やはり、“生成なまなり"が増えていますね」

「なまなり……ですか?」

「そうですね……。妖怪のなりかけ……とでもいいましょうか。町の中で見かけることは珍しいはずなのですが……それがここまで増えているとなると――」

 卯月が言葉を切り、目を伏せる。口の中で何か言ったらしいが、樂には聞き取れなかった。

「そういえば、厄除大祭のことは聞いていますか?」

「はい」

「催しごとは本来五宮神社が主体となるものですが、厄除なら卯月神社こちらの受け持ちですからね。しばらく忙しくなるでしょうし……何かあれば、私にも言ってくださいね」

 微笑む卯月に、樂はややためらいがちに、はい、とうなずいて、樂は休憩のために自室へ戻っていった。



 樂が去った後、ひとり残った卯月は、どことなく重いため息を吐いた。

(本当に、時間がないのですね)

 卯月神社は町の中心から見て鬼門――北東の方角に建っている。

 そこの祭神が弱れば――町に良くないモノが増えるのは必然だ。

 生成りは、様々な物の“気"がって妖怪と成る、その一歩手前の状態のモノを指す。未熟なぶん、人間への影響は及ぼせないし、決して強力なモノではないが、そもそも生成りは良いモノではない。

 去年までは――町の中では見かけることさえなかったモノだ。

 こうしたモノが出てくる状況が何を示すか、そしてこの状態が続けばどうなるか、卯月の記憶にある。

(祭のおかげで、少しは余裕ができればいいのですけれど)

 卯月のような神にとって必要なのは、何よりも『祀られる』ことだ。

 人からの信仰心が薄れ、人から祀られずに忘れられたなら、それはもはや神ではない。

 人から祀られる『厄除大祭』が行われるのは、卯月にとっても都合がいい。特に、今の状態では。

 そっと着物の袖をまくる。

 白い肌には、黒々とした瘴痕が浮き出していた。

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