第18話 咲かぬ桜と雛の誓い 真昼時(三)

 逢魔時。

 子供が一人、家に帰ろうと田んぼの間のあぜ道を走っている。

 ざわり、と、水面が波立つ。

 生ぬるい風に肌を撫でられ、足を止めた子供は薄気味悪そうに足を止め、辺りを見回した。

 溜まりはじめた薄闇の向こう、よく見えないその場所に――うずくまる何か。

 それはじりじりと闇の中を動き、じっと子供を狙っていた。

 何も見えないながらも、子供はそこにいるモノに射すくめられ、蛇に睨まれた蛙のように、その場に釘付けになっている。

 ぐっと力を溜めたそれが子供に飛びかかる寸前、その後ろから伸びてきた薙刀の刃が妖怪の身体を貫いた。

 闇のような妖怪を切り裂いたのは、黒い髪に金の瞳の少女だった。

「早く、お帰り」

 子供はぱくぱくと二度、三度、口を動かし、やがて喉から笛のような甲高い悲鳴をあげて駆け去っていった。

 ぞろり、と少女の死角で闇が動く。

 少女がはっと気付いたときには、その左胸めがけて闇が伸びていた。

「危ない!」

 このとき遅くかのとき早く、玉散る刃が空を飛んできたかと思うと、深々と妖怪に突き刺さった。

 今度こそ、断末魔をあげて妖怪が散り散りになる。

 地面に突き立った無反むぞりの刀を、少女は呆気に取られた様子で見つめていた。

「大丈夫?」

 少女が声のほうをふりかえる。黒い長髪の青年が、そこに立っていた。

 目をまたたいた少女がこくりとうなずく。

「良かった。卯月神社の子、だよね?」

 再びうなずいた少女のおもてに、警戒の色がほのみえた。

「そうだ、卯月様にちょっと用があってさ、もう戻るんなら一緒に行ってもいいかな?」

 少女がじっと青年を見る。

「……嘘は、嫌い」

「え? いやいやほんとだって、ねえ、葛?」

 青年が後ろに立っていた茶色い髪の少女にそう話をふる。

「え、ええ、セン様」

 ね? と青年――センが少女に笑いかける。

 しばらく黙っていた少女は、小さく息を吐いて先に立つように歩きだした。


 屋根を打つ雨音に、卯月はふと我にかえった。

 樂と話をしたあと、どうやら珍しく、うとうととまどろんでいたらしい。

 じんじんする頭を壁にもたせかける。

 自分の神使がセンや葛と知り合ったのは、あのときだった。

 自分の神使は祟り神の神使だと、遠巻きにされることが多かったのだが、センはあっさりとその距離を詰めてきた。

 当時の卯月神社の神使は一人だけということもあり、それまで、深く関わるような神使はいなかった。ゆえにはじめこそ戸惑いはしたが、少しずつそれにも慣れた。

 卯月としても、他の神社の神使と自分の神使が親しく交流することは喜ばしいことだった。

――ここには他の神使はいませんし、彼女は私以外と関わることが苦手なようですから、よければ仲良くしてあげてください。

 あるとき、神社を訪れたセンにそういった矢先――センは消息を絶った。

 ちょうど見回りの途中で異様な妖気を感じ、駆けつけた自分の神使が見たのは、おびただしい量の血痕と、まだ乾かない血に濡れた、見覚えのある着物の片袖だった。

(やはり一度、そのセンに会ってみたいですね)

 樂らが見たというその少女は、十中八九センではないだろうが、それでは、誰だろうか。

 樂にはなかば冗談めかして言ったのだが、近々月葉に声をかけてみようと、卯月はそう心に決めた。

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