第14話 二月の縁結び 結末
「別に上手くいかなくてもいい――らしいのだがな」
ぼそりと竜胆が言った言葉に、はあ、と卯月は吐息なのか相槌なのか、どっちつかずの音を返した。
見回りを口実に、五宮神社を――例によって単身で――訪れた卯月を、竜胆が自室に招じ入れ、ここにちょっと妙な取り合わせの面会が実現していた。
「もし上手くいかなければ、朱華が引き受けると言っていた」
「それなら――千草様もあまり気負わずともすむわけですね」
「気負っているがな」
そう言って、竜胆は目の前の桜餅を卯月のほうへと押しやった。食え、ということらしい。
桜餅は好物なのでありがたく頂戴しつつ、それで、と卯月が口を切る。
「珍しく饒舌なのは、何か理由でも?」
普通この程度では饒舌とは言わないだろうし、それは卯月も承知の上である。しかし竜胆に限っては、これくらいの会話でも充分すぎるほど饒舌と言える。
何せ彼は普段、ほとんど口をきかない。顔つきや頭の動きで意を示すことが多く、それで足りなければやっと単語を発する、といった具合である。
「千草はずいぶん気負っている」
「ええ」
「去年の百鬼夜行の件も、おそらく吹っ切れてはいまい。表には出していないが」
「はい」
「お前は千草とは馬が合うだろう」
「この私が、という意味なら、合う部類でしょうね」
少なくとも先代のように、はじめから敵対視するような刺々しい仲ではない。
「だから……もし、千草があまり思い詰めているようなら、その……」
「手を貸せ、と?」
「まあ、そういうことだ」
千草には黙っていてくれ、と、竜胆はばつが悪そうにそっぽを向いた。
「――という話をされまして」
「まあ確かに、悩んでいたみたいだったけれど」
あの子は真面目だからねえ、と月葉神社の祭神・月葉がのんびりとした語調で続けた。
五宮神社からの帰り、見回りのつもりでもあるのだし、と、卯月は月葉神社に立ち寄って、月葉に五宮神社でのことを話していた。
天気のいい日にはふらりと出かけていることも多い月葉だが、今日は大人しく社にいた。
どうやら昨日、例によってこりずに抜け出した月葉は、帰ってから例のごとく葛にこってり絞られたらしい。
「機会を作れば――とは言ったのだけど、それがそもそも難しいみたいだね。聞けば女の子が相当はにかみ屋なんだって?」
「だそうですね」
「ううん、そりゃ中々大変そうだ。――おや」
何かに気付いた月葉が首を回し、どうかしたの、と訊ねる。
仲良く歩いてきた双子の神使――五宮神社の丙と庚――はちらりと目を見交わして、庚が口を切った。
「月葉様、千草様、いる?」
「いや、いないよ」
よかったあ、と思わず漏らした庚を、丙が軽く蹴る。
それに失笑した月葉を見やりつつ、外しましょうか、と卯月は口を挟んだ。
双子は同時に首を横に振り、既に立ちかけていた卯月は、そうですか、とまたその場に座った。
「それで、どうしたの。見回り?」
「ううん、その、ちょっと相談が」
「相談?」
二人の相談は、千草の縁結びのことであった。
「なんとか二人だけにしても、埒が明かなくってさ」
「千草様は神通力を使うのはよくないって言ってるんだけど、ちょっとくらい神通力を使って手助けしても良いと思うんだけど」
「それで、なんとか明日中にまとめたいんだ」
かわるがわる二人が話すのを、卯月と月葉はふんふんと聞いていた。
なぜ明日までなのか、というと、明日中に縁結びが成らなければ、朱華がこの一件を引き取るのだそうな。
「それもそれで、なんか悔しいしさ」
「だからなんとか明日までにまとめたいんだ」
「それでその……どうしたらいいか、って相談……です」
「千草様には秘密で」
「秘密なのかい?」
「まあ、いい顔はなさらないでしょうね」
どうする? と月葉が目顔で卯月に訊ねる。
「いいのではないですか、手伝っても」
「卯月?」
「別に神通力で人間の心をどうにかしてくれ、ということではないのでしょう? 月葉様はともかく、私は縁結びには縁がないので、何を手伝えば良いのか知りませんけれど」
「僕も人間の縁結びは経験ないからなあ……場所くらいなら心当たりはあるけど」
「場所ですか?」
「そうそう。ほら、あそこの公園。あそこの枝垂れ桜の下で告白すると両思いになれる、って何年前からだっけ、言われてるよ」
「明日中にその二人をあの樹の下に連れてきて……僕らで人払いをしておこうか?」
「そうですね。どうやって連れてくるかは二人に任せます」
私はそろそろ帰りますよ、と卯月は立ち上がった。
翌日曜、千佳は月葉神社近くの公園を訪れた。
公園の噂――枝垂れ桜の下で告白すると両思いになれる――を以前から聞いていたからだ。
日曜の夕方、普段ならまだ人もいる時刻なのだが、今日はどういうわけか、あたりに人の姿は見えない。
きょろきょろとあたりを見回す千佳を、物陰からそっと見守っている着物姿の女と双子の少年がいた。
あ、と千佳が声を立てる。その視線の先には、こちらへ歩いてくる尚樹がいた。
「あ、あの……」
千佳が口ごもり、下を向く。
(……駄目、でしょうね)
もやもやと、胸のうちにわだかまるものがあった。
これでよいのか、と。
千佳が、自分の思いを伝えたくないわけではない、というのは、千草にもよくよくわかっていた。
「話があるんだって?」
真っ赤になった千佳が、ぱっと顔をあげて息を吸いこむ。
それを見て、千草は思わず踏み出していた。
――さあ。
軽く、背を押す。
「好きですッ!」
あたりに響くほどの大声。
呆気にとられている尚樹を、千佳が林檎のような顔で見つめる。
「え、その……あの、実は、俺も……」
ぱっと千佳の顔が輝く。
その後、ぎこちなく手をつないで公園を去る二人を、千草と丙、庚は安堵の表情で見送っていた。
「“場”を作るだけでは、駄目なのですね」
千草が得心したようにつぶやく。
戻りましょうか、と言ってから、五宮の女神は怖い顔で双子の神使を見た。
「今回は問題にはしませんが……あまり余計なことを言うものではないですよ」
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