幕間2 かくしごと

 夕方の卯月神社。元日ということもあり、参詣者は引きも切らない。

 神使たちも参詣者の対応、合間を縫って他の神社への挨拶と、やることは多い。

 ようやく人が途切れたところで、樂は本殿の奥、人目につかない場所へ引っこんで、大きく息を吐いた。

(さすがに、疲れたな)

 正月のせわしさには慣れているつもりだったが、それは体調が万全だからこそ乗り切れているわけで。

 昨年の年末に起こった【百鬼夜行】の騒動で重傷を負った身には、この忙しさは堪えていた。

 卯月から、無理は禁物と言い渡されていたこともあり、回せる仕事は他の神使に回していたのだが、それでも身体に負担はかかっている。とはいえ、周りが忙しくしているのに一人休んでいるのも、どうにも気がとがめた。

「樂、ここにいましたか」

「卯月様」

「誰かに呼んできてもらおうと思っていたのですよ。いらっしゃい」

 樂を自室へ誘い、卯月は手早く彼の傷を診はじめた。

「傷は、まだ痛みますか」

「はい、まだ少し……」

 ふむ、と考えて、卯月は樂の肌の上に手をかざした。

 神通力による治療。とはいっても、傷を治すものではなく、本来の治癒力を強める程度の。

「これで、様子を見ることにしましょう。あとひと月もすれば、杖は要らなくなるでしょう。肌をしまっていいですよ」

「ありがとうございます」

 樂が着物を着るのを待って、卯月が再び口を開く。

「樂」

「はい」

「最近、また夢見が悪いのではありませんか」

 樂がぎくりとした様子で顔を強張らせる。

「……いえ、そのような、ことは」

「ありませんか」

「……はい」

「そうですか。それなら今日は、もう部屋へ引き取ってお休みなさい。もうそこまで人も来ないでしょうから」

「はい。失礼します」

 樂と入れ替わりにやってきた神使が、葛の来訪を告げる。

 部屋に招いて新年の挨拶を交わし、月葉神社でついた餅を受け取ったあと、葛はためらいがちに問いかけた。

「卯月様、樂の怪我は、治されないのですか?」

 樂の怪我は重傷だった。神使の使う神通力では、治療が追いつかないほど。

 しかし神たる卯月には、決して癒やせぬ傷ではないはず。そのはずだが、卯月は樂の治療にその神通力をほとんど使っていない。

 思い返せば、それは今にはじまったことではなく、まだ樂が幼いころ、月葉に剣術を習いに来ているときもそうだった。

――彼の治療に、神通力を使わないでいただけますか。

 卯月が月葉にそう頼んでいたのを、葛は聞いたことがあった。

「いいえ。治せないのですよ」

「それは、樂が幽世かくりよの妖、だからですか?」

「――それは、あなた個人としての質問ですか? それとも、月葉神社の神使としての質問ですか?」

「両方、です」

「ふむ……まあ、いいでしょう。樂を治せないのは、不用意に神通力を使うと、彼にかかっているまじないが解けてしまうから、ですよ。いずれ、彼が克服しなければならないことではありますが。余計な混乱を生みたくありませんから、他には言わないようにしてくださいね」

「まじない?」

 そうです、と卯月が微笑する。

 卯月が承知でいるのなら、それ自体は悪いものではないのだろう。

 卯月がこれ以上、多くを語るつもりはないことを悟り、葛は丁寧に例を述べて卯月神社を後にした。

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