第13話 百鬼夜行 夜行終幕

「織部は、力が欲しかったのだな」

 五宮神社の一室。呟いた竜胆に同意するように、卯月が小さくうなずいた。

 織部を討った翌日、その報告と、一時とは言え神社内を騒がせたことを詫びに五宮神社を訪れた卯月は、木蘭にたっぷりと嫌味を言われて帰路につきかけた。千草が引き止めて本殿の一室に招き、そこへたまたま朱華と竜胆が通りかかって話に加わったのである。

 話の流れで、今日こそ織部について知っていることを全て話して欲しい、と千草に頼まれ、卯月はしばらく渋っていた。

 それを見かねたのか、竜胆が重い口を開いた。

「え? でも織部様は、むしろ力があるほうだったかと思うのですが……」

「お前ほどではないし、朱華にも追いつかない。……俺とそう変わらないほど、だったはずだ」

 五宮の祭神は、と、竜胆が続ける。

「五宮の祭神は、一族の中から選ばれるわけだが、大抵は本家、時々分家の筆頭から、力の強い者が選ばれる。織部の家は、分家の中でも末席だ。本来なら、そうした家から祭神となる者が出るのはまあ、ない。織部はかなり強い力を持っていたから、祭神に選ばれたのだそうだ」

「それはあんたもそうじゃなかったっけ?」

 そうだ、と竜胆が首肯する。

「俺の生家も似たような……いや、織部の家よりも格は低かったから、相当騒ぎになったらしい。まあ、俺のことはともかく、だからこそ、織部には劣等感があったのだろうな。時々、そう思わせることを言っていた。その思いがあったからこそ、織部は力を求めたのだろう」

「それで、織部様はなぜ神社を去られたのですか?」

 ちらりと竜胆が卯月に視線を送る。

「……結局、私に言わせるのですね」

 竜胆が気まずそうに目をそらす。

「織部様は……力を得るために、妖を取りこまれたのですよ。それが常磐様に知れて、出ていかれたのです。神社を去られてからも、妖を喰らい続け、結果として自ら妖に堕ちることになりました」

「あんたは織部を討ったんだろう? なんで今回、あいつが出てきたんだい?」

「“花の宮”で討ちましたよ、間違いなく。ただ、どうやら妄念が残っていたようで。妖を取りこんだ故かもしれませんが、力を得たい、という想いと、私への怨念が高じて、今回のことを引き起こしたようですね。“揺籃の花”の親株を取りこんで汚し、開花のために溜めていた養分を自らの力として強引に現世こちらへの通路を開き、そして私に復讐する、あわよくば、私に成り変わる――そう、考えていたようです。人の魂を奪っていたのは、通路を開くのに充分な力を得るためだったようですね。そのために、花の持つ、人の魂を誘う性質を変化させ、人の魂を奪うものとして、手駒とした妖にその性質を付けた。能力を与えた、というよりは、こう言ったほうが正しいようです。ともあれ今回は、間違いなく討ちましたから、もう蘇ることはありませんよ」

 そろそろ失礼します、と卯月が座を立つ。

「もう帰るのかい?」

「ええ、色々とやることがありますから。朱華様、積もる話は後日改めて」

 小さく頭を下げ、卯月が部屋を出ていく。

 鳥居を潜ろうとしたところで、卯月、と千草に呼び止められる。

「何です?」

「織部様のこと、教えてくれてありがとうございます」

 つかのま、きょとんと千草を見返して、卯月は、いえ、と短く答えた。

「それでは」

 卯月の後ろ姿、うなじのあたりに黒い筋が見えた気がして、千草は思わず目をこすった。



 夕方、境内で剣の型を使っていた月葉は、鳥居を潜った人影に気付いて手を止めた。

 曇りがちだった表情が、その姿を認めて少し晴れる。

「葛、おかえり」

「戻りました。……月葉様、玄斗が――」

 言いかけて、葛が言葉を途切れさせる。

「うん、わかってる。お疲れ様、葛。疲れただろうから休んでおいで」

 はい、と歩いていこうとする葛が、普段よりしおれて見えた。

「葛」

「はい?」

 葛の頭をぽんぽんと撫でる。

「……子供あつかいにしないでください」

 ぷいとそっぽを向いて、葛が早足に本殿へ向かう。その拍子にちらりと見えた緑の目は、どこか潤んでいるように見えた。


 そのころ、鳥居の傍で人待ち顔に佇んでいた卯月は、石段を登ってくる人影に気付いて朱唇をほころばせた。

「おかえりなさい、樂」

 杖をつきながら、ゆっくりと石段を登りきった樂が、ぱっと顔をあげる。

「えっと……ただいま、戻りました」

 卯月が手を差し伸べると、樂は戸惑ったように卯月の顔を見た。

「卯月様?」

「その状態では、まだ動くのは辛いでしょう?」

「……いえ、大丈夫です」

「無理はしないようになさいね。ああ、それと。期波のことは、もう恐れる必要はありませんよ」

「え……?」

 期波の名を聞いて、樂が一瞬びくりと身体を震わせた。

 顔を強張らせた樂の頭に、そっと手を乗せる。

「もう、大丈夫ですよ」

「そう、ですか」

 今日は休みます、と樂が歩いていく。

 口元に薄く笑みを浮かべ、卯月は樂を見送った。

 ふと石段の下を見ると、着流し姿の磯崎が、気遣わしげにこちらを見上げている。

 卯月と目が合うと、磯崎は深く頭を下げ、山のほうへ歩いていった。

(あら?)

 直後、薄暗がりに紛れるように、影法師がゆっくりと石段を登ってくる。

「どうしました?」

 影法師――“番人”が小さく揺らぐ。

 “花の宮”の光景が目の前に広がった。

 釣鐘型の花がいくつも揺れている。振り返って見た親株も、蕾がほころびかかっていた。

 花からも、親株からも、以前の禍々しい様子は見られなかった。

「“花の宮”も元に戻ったのですね。織部ももう、現れることはありませんから安心なさい」

 “番人”が再度、今度はうなずくように揺らぎ、すっとその場から消え失せた。

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