第12話 百鬼夜行 禍津神 後(一)
卯月がやってきたのは、街の中にある公園だった。
織部が現れた、あの公園である。
そして、織部はそこにいた。
歩いてきた卯月を見て織部は高笑いしたが、卯月は眉ひとつ動かさなかった。
「期波は、置いてきたか――否、気配が混ざっておるということは、喰ろうたな」
「美味くはなかったがな。だが、お前ならば美味かろう」
食えぬよ、と卯月は淡々とそれに答えた。
卯月めがけて伸びた触手が、さっと払い除けられ、崩れて消える。
そこへ、駆けてくる足音。
織部が嫌な笑みを浮かべたのを見て、卯月は後ろに誰が来たかを悟った。
「喰らわれに、来たか」
「いいえ」
止めに来ました――。
案外にきっぱりと、千草が答えるのが聞こえた。
卯月がさっと袖をふる。
不可視の刃が、織部を深々と切り裂く。
どろりと溶けた織部が、つっと卯月から離れ、人のかたちに戻る。
むせかえるような甘い香が、周囲に満ちる。
「この五百年、お前を下し、その力を得ることだけを思って、吾は生き続けたのよ。少しそそのかせば、妖どもはすぐに乗ってきたわ。期波など、特にな。よほどお前に恨みがあったと見える。……そういえば戯れに、何処ぞの神使を少しばかりあおったこともあったな。なかなかよく動いてくれたが……しかし、何処の神か知らないが、自分の神使があれほどの闇を抱えていたことにも気付かなんだとは、愚かよな」
織部の後ろに、影が立つ。
その気配に気付いてふりかえった織部を、抜き打たれた月葉の一刀が切り裂いた。
「愚かなのはわかっているよ」
玄斗の弔いだ。
「月葉!」
暗い目で呟いた月葉に、千草が叫ぶ。
そのときには既に、織部の身の内から伸びた黒い触手が月葉に迫っていた。
胸を貫かれる寸前で身をひねり、かろうじて心臓を刺されることは避けたものの、月葉の腕から血飛沫が散った。
「月葉!?」
思わず駆け寄ろうとした千草に向けて、織部が触手を伸ばす。
その全てが、卯月の操る刃に切り落とされる。
「卯月……」
卯月はちらりと千草を見、くいと顎をしゃくる。
その間にも織部は幾度となく切られていたが、かたちこそ人とはいえ、もはや確かな肉体を持たない織部を切るのは、柔らかな泥土を切るのと変わらなかった。
その間に、千草は月葉に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「うん、見た目ほどじゃないよ」
月葉の傷に、千草が手を当てる。
じわりと熱が宿り、それが引いたときには月葉の傷は治っていた。
織部の肩越しに、月葉が卯月を見やる。
感情の宿らない、金の瞳に背筋が冷えた。
(――禍津神、だ)
過去に一度、見たことがある。
姿こそ違えど、そこに在るのは同じものだった。
「集え、集え、襲え、喰らえ」
織部が謡うような声をあげる。
とたん、彼らを取り囲むように、ずらりと妖が現れた。
路地の行き止まり、店の前で刀が月明かりを反射してきらめく。
子鬼の首を一刀のもとに打ち落とし、返す刀で提灯火を叩き切る。
異形としか言いようのない姿で刀をふるう磯崎は、見ようによっては悪鬼のようだった。
戦いの物音は、店の中にも聞こえていた。
そわそわと落ち着かない様子の葛が、心を決めたように矛を手に取る。
「葛?」
「私も出ます」
彩雅は何と言うかとちらりと見ると、彩雅は止めるでもなく、御気をつけてくださいませ、と火打石を打ち鳴らした。
「樂が出ていかないように見張っていてくださいね。樂ならやりかねないので」
「……あのな」
俺を何だと思ってるんだ、と、樂が渋い顔で口を尖らせる。
それをさらりと受け流し、行ってきますね、と葛は外へ出ていった。
突きこまれた爪が、磯崎の肩の肉を抉る。
妖となったときに痛覚は失っている。ゆえに、痛みで動きが鈍ることはないが、傷からはじわりとしびれが広がる。
刀をふるって、相手の爪をその手ごと切り落とした磯崎だったが、大きく空いた脇腹をざっくりと斬られた。
直後、磯崎を切った妖が、彼の背後から突き出された矛に貫かれ、塵となって散る。
「助太刀しま――」
ひ、と小さな声が聞こえた。
「だから出るなと言ったんだがな。だが、助かる」
体勢を立て直し、一歩踏みこんで刀を一閃させる。
そこへ、葛も飛びこんできた。
群がる妖を穂先で貫き、あるいは薙ぎ払い、次々と倒していく。
そして、あらかた妖が失せたころ。
全身を刺し貫かれたかのような叫び声が、街の空気を震わせた。
磯崎と葛はぎょっとして顔を見合わせ、同じころ、各神社に攻勢をかけていた妖は、その絶叫にたじろいで攻撃の手を緩めた。
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