第11話 百鬼夜行 禍津神 前(三)

 東西南北、いたるところから現れた妖が、ぞろぞろと列をなす。

 大鬼、子鬼。

 天狗。

 河童。

 犬神。

 猫又。

 狐火。

 種々の付喪神。

 行きあった人間は、否応なく魂を奪われて倒れ伏し、弱い妖怪は喰われるか、あるいは魅入られて列に加わり、“揺籃の花”の甘い香りとともに人間を襲いだす。

 そんな一団の前に、怖気づく様子もなく歩いてきた影がひとつ。

 身の丈を越す黒髪の、神職のような装束をまとう神。

 寸鉄も帯びず、神使の一人も連れずに現れた卯月を、先頭にいた巨体の鬼は、格好の獲物と思ったか、牙をのぞかせてにんまりと嗤った。

「去りや、下臈げろう

 卯月の言葉など聞くわけはなく、鬼は神を喰らわんと手を伸ばす。

 眼前に在るのが、いかなる神か気付かぬまま。

 ひらりと卯月の手がひるがえる。

 ごとり。

 そんな音が鳴りそうな具合に、鬼の腕が落ちた。

 鬼は呆然と足元の地面に転がる腕を見下ろし、次いで怒号をあげる。

 それが突然、ぷつりと途切れた。

 寸断された身体が、崩れ落ちて霧散する。

 ここにいたって、妖どもはようやく理解した。


 目の前に立つのが、わざわいそのものだと。


 卯月が一歩進むたびに、波が割れるように道が開ける。

 中には事態を知らず、卯月に手を出すモノもいたが、卯月に触れるか触れないかのところで、同様に寸断されて塵となる。

 卯月はそれに心を動かす様子もなく、逃げていく妖を追うこともなく、ただ先へ進んでいった。



 ぎしぎしと、柱が軋む。

 店に近付いてくる、複数の妖の気配に、彩雅はちらりと不安げな色をのぞかせた。

「嫌な感じですね」

 葛が顔をしかめる。

 どうやら起きあがれるようになった樂も、それを感じとって顔を強張らせた。

 そのとき、それまで黙って目を閉じ、腕を組んで座っていた磯崎が、やおら立ちあがって傍に置いていた刀を取った。

「だいぶ多いな。数を減らしてくる。ちょっと嫌なものを見るかもしれんからな、外に出るなよ」

「はい、中のことはご心配なく。いってらっしゃいませ」

 表の引き戸を細く開け、磯崎は外に滑り出る。

 居並ぶ妖を一瞥いちべつし、口元だけで小さく笑うや、磯崎は首を真横にかたむけた。

 がくりと首が折れる。右耳が肩につくほど。

 同時に、磯崎の姿がみるみるうちに変わっていく。

 まるで生きながら焼かれたように、その身体が焼けただれ、左半身にいたっては肉さえ焼け落ちて、白い骨をさらす。

 かろうじて顔に残る右目が、激情を宿して、迫る妖を睥睨へいげいした。

 甘い香りが、声が、誘う。

 こちらへ来い、と。

 その刀を、人に向けろ、と。


 か、か、か、か。


 磯崎が、嗤った。

「それに乗る俺だと思ったかよ」

 言い終わるか終わらないうちに、襲いかかってきた妖を、磯崎は一刀のもとに切って捨てた。

「さあ、次はどいつだ」

 言い放った直後、山が崩れるように、妖が磯崎のもとへ殺到した。

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