第7話 百鬼夜行 七神会合

 翌日、夜が明けて間もないころ、五宮神社の本殿の一室には、既に六柱が顔をそろえていた。

 五宮神社の祭神・常磐、木蘭、竜胆、朱華、千草。

 月葉神社の祭神・月葉。

 そして。

「失礼いたします」

 卯月神社の祭神・卯月が入ってくる。

「何かあったのかえ?」

性質たちのよくない妖が群れておりましたもので、伺うのが遅くなりました。申し訳ありません」

 小首を傾げた朱華に、卯月が落ち着いて答える。

「そろうたようじゃの」

 卯月が座ったところで、常磐が部屋を見回す。

 髪もひげも白い、しわの多い老爺に見える常磐だが、五宮神社の祭神のうちで、最も力のある祭神である。

「もう知っていることと思うが、このところ、町で人間が妖に襲われる事件ことが続いておる。それも一晩に何人もな。もう十人以上襲われておる」

「どこぞの祟り神のところの妖が、徒党を組んで悪さをしているのではないのかね」

 ねつい調子で、木蘭が口を挟む。

 黒髪を結い上げ、紫の小袖を上品に着た木蘭は、卯月に鋭い、けわしい視線を投げかけた。

 卯月は黙ったまま、すう、と目を細める。

 その様子を見ていた千草は、気遣わしげに卯月を見やり、何か言おうと口を開きかけた。


 ぱちん。


 火花が爆ぜた。

 卯月が髪をまとめていた朱い紐が切れて落ちる。

「私のことは、如何様いかようにでもおっしゃればよろしいですが、私の神使たちを悪く言わないでいただけますか」

 続けざまに二つ三つ、卯月の周りで火花が散る。

「妖とはいえ、彼らもまた神使。己の義務を知りながら、人を襲うような愚か者などおりませぬ」

 卯月の影が揺らぐ。金の目が、鋭さを増していた。

 木蘭が何か言いかけたとき、卯月と木蘭の間に、祭神・竜胆が割り入った。

 竜胆は黒い髪を短く切った男で、大柄な体躯は木蘭の視界から卯月を隠してしまった。

 普段は伏せている黒い目を上げて、竜胆が木蘭に硬い視線を向ける。

「今は、不和は要らぬ」

 低い声が重々しく響く。

 日ごろ口数が極端に少ない竜胆が口を開いたことと、こともあろうに木蘭に反抗するような態度を取ったことに、卯月が目をしばたたく。

 その隣で、卯月をなだめようとした月葉も耳をぴんと立てたまま固まっていた。

「ああ、そういえば、お客が来たっていうのにお茶も出してなかったね」

 朱華はねずが手を鳴らして自分の神使を呼び、茶を言いつける。

 するすると、竜胆が卯月と月葉に向きなおる。

「この件は、協力が必要」

 頼む、と竜胆が頭を下げる。

「もちろんです」

「私も承知しております」

 小さくうなずいて、竜胆が席に戻る。

 やがて、温かい茶が運ばれてきた。

 ひと息ついたところで、千草が口を開く。

「今回の件について、こちらでも調査は進めています。今わかっていることは、数日前……月見の宴が終わった後あたりから、夜中に妖が群れているのが目撃されていることと、それを目撃した人間がその場で襲われていること、そして、襲われた人間は魂を抜かれていること、くらいですね」

「補足すると、妖はだいたい二十二時から零時ごろが最も目撃されているようですね。もちろん、その前後に襲われていることもありますが。それと、妖によってはその場で襲わずに、襲うまで三日ほど、あえて猶予を与えている場合もあるらしいです」

 月葉が付け加えた内容に、悪趣味だね、と朱華が顔をしかめる。

「そこのは何か、わかっていないのかい」

 棘のある木蘭の言葉に、卯月が眉を上げる。

「今のところは、同じことしかわかっていませんね」

「昔、似たようなことがあった気がするがねえ」

「さて、心当たりは、ありませんが」

「ま、それはよいわ。とにかく放っておけることではないゆえ、早急に対処する必要があるのは皆もわかっていよう。神社の違いなど考えている場合ではない。各々、神使たちにも伝えておくように」

 常磐の言葉に、全員が承諾の意をこめて頷いた。



「卯月、ちょっと」

「はい?」

 外に出た卯月を、朱華が呼び止めた。

 きょとんとしたものの、卯月は手招かれるまま朱華に近寄った。

「何か、ご用ですか?」

「ちょっとそのまま立っておいで」

 朱華が懐から朱い紐を出し、卯月の髪をまとめはじめた。

「あんまり本性出しすぎないようにね。噂になってるの聞いたけど、また祟りをやったんだって? そうやって本性出してると、戻れなくなるよ」

「お気遣い、ありがとうございます」

 つかのま、朱華が手を止める。

 朱く紅を引いた唇が、笑みの形を作った。

「さ、できた。この一件が片付いたら、また遊びにおいでよ。昔みたいに一緒に酒でも飲もうじゃないか」

「……考えておきます」

 微笑して、卯月は記憶にあるのと同じ言葉で朱華に答えた。

「卯月」

「竜胆様」

 ゆっくりと歩いてきた竜胆が、細めた目で卯月を見下ろす。

「妖を受け入れて受け皿を作り、そのつながりをかすがいとする――先代のように神使を一人と定めずに、多くの妖を神使としているのも、その一環か。なら、俺は、今の状態はお前にとってよいものなのだと思っている。何を神使とするにしても、お前のことだ、過ちを犯すことはないだろう」

「向こう一週間分くらいはしゃべったね、竜胆。それと卯月、今聞いたことは内緒にしときなよ。特にうちの爺さん婆さんに知れたら面倒だからね」

「はい。失礼いたします。……竜胆様、ありがとうございます」

 深く頭を下げ、卯月は鳥居をくぐる。

 それを見送って、朱華が部屋に戻ろうとしたとき、竜胆が彼女を引き止めた。

「先々代の策は、上手くいっていると思うか?」

「卯月のことかい? なんだ、あんなこと言ってたのにやっぱり不安なのかい。そうさね、今のところは上手くいっているんじゃないの? だってこれまでは、卯月は百年もてば長いほうだったじゃないか。それが三百年続いてるんだから」

「だが、たががゆるみかかってはいないか」

「今日のことかい? そりゃ誰だって、自分の神使を悪く言われたら腹も立つだろう。それに卯月はこの前祟りを起こしたばかりだって話じゃないか。そのせいでまだ荒魂あらみたまが強まってるだけだと思うけど」

「それだけならいいのだが」

 竜胆の顔を、影がよぎった。

「また同じことが起きはしないかと、案じている。今度卯月に同じことが起こったら――被害は、卯月神社だけでは済むまい」

「よしとくれ、縁起でもない」

 ふん、と朱華が鼻を鳴らす。竜胆は押し黙って、そのまま本殿のほうへ消えていった。

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