幕間1 木を隠すなら

 ふりおろされた矛が、現れた悪霊を両断した。

 ほっとひとつ息を吐いて、かずらは額の汗を拭った。

 月見の宴で賑わう宮杜町。

 いつもと違うぶん、影が落ちるようによくないモノは湧く。

 それを退治するのも、神に仕える神使の役割である。

「戻りました」

 月葉神社では、祭神の月葉が葛の帰りを待っていた。

「お帰り、葛」

 にこにこと迎えた月葉が、葛をひと目見て真面目な顔になる。

「怪我をしてるじゃないか」

 月葉の指が、葛の頬に触れる。

 ちり、と痛みが走る。

 悪霊退治のときに、少し引っかけたらしい。

 じわりと熱を感じたときには、葛の傷は治っていた。

「駄目じゃないか、気を付けないと」

「……すみません」

 いつもの穏やかな月葉とは、様子が違っていた。

 葛がそれに戸惑っている間に、月葉はいつもの柔和な笑顔に戻る。

 月葉と葛のすぐ傍を、妖の神使が駆けていく。

 その姿を横目に見て、葛は口を開いた。

「月葉様」

「何だい?」

「なぜ妖を受け入れることにしたのか――うかがってもいいですか?」

 月葉神社は、卯月神社と同じく妖を神使として受け入れる。

 しかしこれは、月葉が祭神となってからの決まりだった。

 元々は、月葉神社も五宮神社と同じく、妖を受け入れてはいなかった。

 妖を神使とするのは、相応の危険も伴うからだ。

 葛を含めた古参の神使の中には、反対する者も当然いた。

 それでも月葉は、妖を神使として受け入れることを決めたのだった。

 葛の問いに、月葉は少し考えて、月見の宴のために設けられた宴席に並ぶ食物から、饅頭まんじゅうをひとつ取った。

 ぽん、と、それを葛に放る。

 何の変哲もない、普通の饅頭。

「月葉様、これは?」

「それをどこかに隠すとしたら、葛、君ならどこに隠す?」

 首をかしげ、饅頭を見る。

 片手に乗るくらいの、白い饅頭。

「そうですね……棚の奥とか、自分の行李の中、とか……」

「うん。それもありだね。でも僕ならそこに隠すかな」

 月葉が指さしたのは、宴席に並ぶ甘味。

「棚や行李の中に菓子があったら目立つけれど、あそこなら饅頭がひとつ増えたって目立たないだろう?」

「それはそうですけれど……つまり?」

「うん。そういうこと」

 ぴょい、と葛の耳が立つ。

「月葉様」

「ごめんごめん。そうだね、木を隠すための森作り、が近いかな。それに、卯月に万一何かあったとき、動物の子たちなら五宮でも受け入れてくれるだろうけど、妖の子たちの行き場はなくなるだろう? それはあんまりだと思ったからね」

 月葉の足元に、子猫が一匹すり寄ってくる。

 それに気付いて相好を崩し、月葉がよしよしと猫を撫でる。

 子猫もごろごろと喉を鳴らしている。

「僕は神使の子たちが好きだし、ここに来る子たちも好きだし、何よりこの町が好きなんだよ。だから守りたいと思ってるし、守らなくちゃいけないと思ってる。神として、だけじゃなくってね」

 わずかに欠けた月を見上げ、祭神は微笑する。

 その笑みは、いつもより優しいものだった。

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