わたしたちはすべてを受け入れます!

kura

わたしたちはすべてを受け入れます!

わたしには好きな人がいる。

好きになったきっかけはわからない。彼のことは、いつの間にか目で追うようになっていた。

バスケットボールをしている姿がカッコイイからかな。

声をかけたら、ふにゃっと笑ってくれるところかな。

先週、わたしは初めて彼といっしょに下校した。

すごく、幸せな時間だった。

そのあとひとりになって、私は思った。

『彼にとっての特別な存在になりたい』と。

でも、恋というものは——好きな人と結ばれるというものは——決して簡単なことではない。

なぜなら彼はいつでも、誰にでもやさしくて、わたし以外にもたくさんの女の子が彼に恋しているからだ。

でも、ぜったいに譲らない。

彼の隣にいていいのは……わたしだけ。

わたし以外の女は全員……敵なんだから。


朝の空気が冷たくても、お母さんの用意してくれた朝ごはんがどれだけ手抜きなものでも、わたしの朝は清々しい。

どこかのアイドルが歌っていた。

恋をするとね、朝早起きになるんだよ。

本当にそのとおりなんだな、と最近つくづく思う。

今日はセーターを着てみた。

ちょっと大きめのセーター。

髪型も少しいじってみた。

わたしは校門を抜ける。

昇降口までの短い道のりで、わたしは必死に彼の姿を探す。

いた。

ちょうど、昇降口のところだ。

わたしは走る。

「おはよ!」

おなかの奥から吹き抜けるような声が出る。

「おはよう。朝から元気いいね」

目が細くなって、口元がだらしなく開いた笑顔。

この笑顔が好き。

「あれ。前髪切った?」

好き!

「わかった?」

「うん。オン眉。いい感じ」

好きすぎる!

心が軽くなり、いまのわたしなら空だって飛べる気がした。

「おはよう、颯太」

そんな浮ついた気持ちに、頭上からフタをかぶせてくる人がいた。

「あやちゃん。おはよう」

はつらつとした声……この女は隣のクラスの高城彩奈。

「颯太、今日の放課後、予定入れたりしてないよね?」

まるで、初めからわたしなんて見えていないという具合に、彼とわたしのあいだに入ってくる高城彩奈。

「文化祭の準備だよね。覚えてるよ」

二人は文化祭実行委員だった。

「んじゃあ、あたしが迎えにいくから、教室で待ってて」

「わかった。ありがとう」

だめ。その笑顔をほかの人に向けないで。

高城彩奈は颯爽と昇降口を抜けていった。

忌々しくも、凛々しい笑みを浮かべながら。

「いこ、俺たちも」

あの女に、彼は渡さない。


放課後。私が向かったのは隣町にある大型のディスカウントストアだった。

目的はもちろん、あの二人の監視だ。

芳しくない展開になりそうな時、わたしはアクションを起こさなければならない。

わたしは注意深く二人の動向に目を向けた。

「冷却スプレーとハンディファン……あと、なんだっけ」

「えっと……なんだっけ。俺も忘れちゃった」

仲睦まじく微笑みあう二人。

はたから眺めていると、恋人同士といわれても不思議ではないと思った。

わたしは歯噛みをする。

こんな思いをするなら、わたしも実行委員になっておけばよかった。

もちろん、過去の選択を修正することなんてできない。

いまさら悔いたところであとの祭りなのだ。

つまり大事なのは、これから先の選択。

彼との距離を縮め、彼に近づく女を振り払い、彼にとっての特別な存在になる。

これからの先の選択に、失敗は許されない。

「ねえ颯太。買い物終わったら、二人でプリ撮らない?」

!?

「べつにいいよ」

だめだよ! そんなの恋人じゃん! 彼氏彼女になった二人がやることだよ!

「決まり~! じゃあ、早く買い物終わらせよ?」

くるりと踵を返す高城彩奈。

セミロングの毛先が、踊っているみたいに翻った。

ぜったいに阻止しなければいけない。

あの女ならぜったいに周りの生徒に見せびらかすだろうし、SNSにだってアップする。

『すっかり噂になっちゃったね』

『周りの人たちも、あたしたちが付き合っていると思ってるみたい』

『もういっそのこと、そういうカンケーになっちゃう?』

そういった展開に、なり兼ねない。

二人の買い物が終わるまでまだ時間はある。

わたしは考えた。

結果、いまのわたしには二通りの選択肢がある。というところにたどり着く。

一つめは《彼に「早く学校に戻ってきて」という連絡をする》。

二つめは《プリ機をいまだけでもつかえない状態にする》というもの。

どちらも現状の問題を回避することはできそうだ。

わたしは再び考えを巡らせ、意を決した。

プリ機をすぐにつかえない状態にしよう。

そうすれば、あの二人も諦めるしかなくなるだろう。

わたしはすぐさま紙とペンを取り出す。

そして紙に『調整中です』と荒々しい字体で書き記し、筐体のカーテンに貼りつけた。

まもなく、二人がやってきた。

「あれ、調整中だって」

「え~。噓でしょ~」

「今日のところは諦めよっか」

想像したとおりの展開だ。わたしは思わず胸をなでおろした。

二人はそのまま店をあとにする。

「はぁ……撮りたかったなぁ」

高城彩奈はすっかり気を落としていた。

仕方ないよ。一線超えようとしたあなたがいけないんだから。

わたしはそう思う。

「そんなにへこまないでよ」

彼は少し決まりの悪い顔でそう言っている。

大丈夫だってば。二人でプリを撮る相手はわたしなんだから。

「やっぱりそういうのは、恋人たちがやることだと思うし」

そうだよ! はっきりとその女に言ってあげて!

「だから今日はさ、あそこの喫茶店でいっしょにケーキを食べるくらいにしない?」

え?

「うん……いきたい。いっしょにケーキ食べたい!」

ちょ、ちょっと待ってよ。

「あそこ、モンブランあるかな。ちょうど食べたい気分なんだけど」

「颯太、モンブラン好きだったよね」

どうして。

「えっ? どうして知ってるの?」

「隣のクラスの子から聞いたんだ。颯太の好きな食べ物」

どうして、こんなことに。

「なんだか、恥ずかしいな」

「あたしも好きだよ。だからいいじゃん」

目を輝かせる高城彩奈と、不器用に笑う彼。

わたしはしばらくその場から動けなくなり、じゃれ合いながらお店に入っていく二人を、ただただ黙って眺めることしかできなかった。







あたしには好きな人がいる。

彼は隣のクラスの人気者。いつもいい加減な笑顔を浮かべ、誰に対しても隔てなく接するさわやか人。

あたしと彼の出会いは文化祭実行委員会。初めての顔合わせの日だ。

彼は遅れてから来るという報告を受けていた。

だがいつまで経っても来ることはなく、そのまま集会はお開きとなったのだ。

あたしは彼に書類を渡すために、教室にひとり残った。

なんて非常識なやつなんだ。そう思った。

遅れるにも限度がある。それに、どうしてあたしがこんな目に遭わないといけないんだ。

あたしは苛立っていた。

そんな時、彼が来た。

あたしは振り返る。

睨みをきかせ、罵声の一つや二つ浴びせてやろうと思っていた。

だが、そんな怒りの感情はすぐにどこかへ吹き飛んでしまう。

「遅れてごめんなさい!」

え? 雨降ってたっけ?

そう疑ってしまうほど、彼は汗を垂らしながらやってきたのだ。

「えっと……あれ? やっぱり、もう終わっちゃった?」

あたしの煮えたぎるような思いは、ほんの数秒で冷めきってしまう。

聞くと、熱中症で倒れてしまったクラスメイトを近くの病院まで運んでいたそうだ。

「ちょっと待ってて」

必死に呼吸を整えようとする彼を、ただ眺めているワケにはいかなかった。

「はい、水。まだ開いてないし、ぜんぶあげる」

買ったけど、飲まないままだったペットボトルをあたしは差し出す。

「いいの? ぜんぶ飲み干しちゃうよ? いまの俺」

「ぜんぶあげるってば」

彼は消え入りそうな声で「じゃあ、いただきます」と言うと、あっという間にペットボトルを空にした。

「はぁ……おいし」

コマーシャルを見ているような気分だった。

口角からこぼれる水、額から垂れる汗、引き締まらない笑顔……。

あたしは思う。

いま目の前にあるこの笑顔を、自分のものにしたい——と。


放課後。

バレーボール部のあたしは体育館に入る。

あたしが最初に見てしまうのはもちろんバスケ部。

彼はすでに誰よりも汗を流していた。

あたしは彼に声をかけようとする。

だが、喉を通りかかった言葉がぴたっととまってしまう。

「颯太くん。おつかれ」

高身長、メリハリのある身体、長い黒髪、垂れた目尻、口もとのほくろ……。

異性だけでなく、同性からも羨望のまなざしを向けられる学園指折りの美人。

「東照先輩。お疲れ様です」

バスケ部のマネージャー。東照遥。

「今日のドリンク、中身わかる?」

「任せてくださいよ。当ててみせましょう」

あたしはまだ彼と出会って数か月。

対してあの女は、彼が入学した時から放課後の部活動という時間をともに過ごしている。

「エネルゲン! どうです?」

「すごい……なしてわかると?」

おまけに博多の訛りがある。

ねえ、卑怯じゃない? あれもこれも持ってきすぎでしょ。

部活が始まる前に東照遥を一目見ておこうとしているのか、ソフトテニス部、野球部、サッカー部、ラグビー部の男子たちが体育館の入り口に集結していた。

そう。

それほどまでに彼女は人気がある。

あたしも身長は高いけど、彼の横に並んでも、東照遥には勝てる気がしない。

悔しいけど、お似合いの二人だった。

それに、こんな噂を聞いたことがある。

『あの二人は、じつはすでに付き合っている』と。

それを聞いた時は、激しい動悸に見舞われたのを覚えている。

あたしの大好きな彼が、隠れてこそこそと、愛を確かめ合っていた……。

そんな想像を一度頭の中で広げると、一瞬にしてあらゆることがイヤになった。

それと同時に、確信のない情報に耳を覆うとしている自分にも嫌気が差した。

あんな女に負けたりはしない。

たしかに、あたしよりはちょっと胸とか大きいかもしれないけど……。

男はみんな巨乳が好きとか、周りのクラスメイトはよく口にしているけど……!

それでもあたしは、誰よりも彼のことが好き。

愛情の大きさでは、あたしはぜったいあの女になんか負けない。


いっしょに帰らない?

部活が終わったら、彼にそう声をかけようと思っている。

あたしはそのために、ひとり残って自主練をしている。

活気が満ちていた体育館も、少しずつその人数を減らし、いよいよあたしと彼だけになった。

あたしの心臓は恐ろしく早く動いていた。本当に口から飛び出ていきそうな気すらした。

大丈夫。

この前の喫茶店でデートした時だって、いい雰囲気だったじゃん。

ずっと笑ってたし、帰り際に「楽しかった」って、言っていたし。

『好き』とまではいかないかもしれないけど、気になる人、くらいの立ち位置にはいるはず。

大丈夫、大丈夫。

さっさと呼吸を整えないといけないのに、意識すればするほど緊張は高まっていく。

そして、あたしはいよいよ心を決める。

「颯太くん。おつかれ」

まるで、見計らったようなタイミングで東照遥が現れた。

「まだ練習しよったん? ほんと、努力家やね」

東照遥の制服姿はいつ見てもキレイだ。

どれだけ似せた着こなしをしても、あんなふうに大人びた雰囲気は出せない。

「あははは。褒められるようなことはなにも」

「そうやったね。颯太くん、ただバスケが好きなだけって言いよったね」

「そうですね。努力とか言われても、あんまりピンとこないっていうか」

二人だけの過去の話。

そんな会話を聞いていると、あの噂が妙に現実を帯びていく。

……やっぱり、付き合ってるのかな。

「ねえねえ?」

東照遥が彼に歩み寄っていく。

「このあと、時間ある?」

えっ?

「ま、まあ、ありますけど」

二人の距離は近い。

「久しぶりに、ちょっとお喋りしたか、って思っただけばい?」

「はい……」

「ヘンな期待、しとらん?」

「へ、変な期待って、なんですか……べつに俺は、期待とかしてませんよ」

「んふふふ……かわいい」

あたしだったら平静ではいられないような距離だ。

だけど東照遥は、余裕たっぷりに彼を上目で見ている。

「じゃあ、終わったら迎えに来て? マネ室で待っとるけん」

運動部のマネージャーが共同で使用しているマネ室。

時間帯的にも、あの含みのある言い方的にも、きっといまのマネ室には東照遥しかいない。

イヤな予感しかイメージできない。

ただお喋りするだけ? それってどこでするの?

もしかして、そのマネ室でしたりとか……。

「っ!」

そんなのだめ。

ぜったいに阻止しなきゃ。

あの女が、ただお喋りして終わりなんて、あり得ない。

あたしは考えた。

結果、いまのあたしには三通りの選択肢がある。というところにたどり着く。

一つめは《もし男子禁制のマネ室に招き入れた場合、すぐさま教師にチクる》というもの。

二つめは《あたしも強引に彼のことを誘う》というもの。

そして三つ目は《東照遥に直接いやがらせをしにいく》というものだ。

どれも先の展開が読めない選択肢だ。

間違えれば、手痛い思いをするかもしれない。

だからといって、迷っている時間もない。

あたしは再び考えを巡らせ、意を決した。

二つめだ。あたしも強引に、彼のことを誘うんだ。

そうと決まってからは早かった。

彼はちょうど体育館を出たあとだった。

あたしはそのうしろ姿を追う。

「ねえ!」

彼は足をとめ、振り返る。

「ああ、おつかれ。どうしたの?」

あたしは彼の腕を掴んだ。

「きて」

返事なんて待たない。ちょっとくらい、強引でもいいでしょ?

彼は驚いた様子だったが、そんなものは気にしない。

あたしはすぐそばにある、女子バレーボール部の部室に彼を連れ込んだ。

部屋には誰もいない。コンクリートの壁に囲まれた空間で二人きりだ。

「ど、どういうつもり!? こんなの見つかったらたいへんだよ」

彼が慌てていた。めずらしい。

「言いたい——伝えたいことがあるから」

彼が慌てているからかもしれない。あたしは不思議と平静を装うことができた。

「あたしはあなたのことが好きなの」

その告白だって、躊躇いなく言えた。

身体が熱くなると、熱くなりすぎると、もう何も見えない。何も聞こえない。

「どうにもならないくらいあなたのことしか考えられなくて、どうにもならないくらいあなたの近くにいたくて」

彼は口が半開きになっている。

急に体温があがった気がした。口の中も目の奥も、ぜんぶが熱い。

「だから、あなたの特別に……あたしはなりたい」

言ったあとも、しばらくあたしの身体は熱いままだった。

手だって、ぎゅっとしてないとその場で立っていられない気がした。

奥歯を強く噛みしめていないと、涙が流れそうな気がした。

だけど、後悔はない。

悲しい結果になっても、うれしい結果になっても、誰かを傷つけたとしても、あたしの目の前で誰かが幸せになったとしても……。

「あたしと、お付き合いしてください」

あたしはすべてを受け入れます!








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしたちはすべてを受け入れます! kura @kuramasa-fumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る