第2話.大衆食堂プロースト

 ぞろぞろと大人数でやって来たのはハルザーレいちの大きさと料理の美味さを誇る大衆食堂プローストである。

 教会戦士たちと共に大きいテーブルに通され、一番端に座ったヒスイはすぐ、いつものお気に入りを注文した。


 何人かと話をしながら少し待っていると――その間にお酒が入ったザックたちは楽しげに騒ぎ始めた――若女将がヒスイのお気に入りを盆に載せて運んできた。


「はい、お待ちどおさま! いつもの牛肉と野菜のミートパイです!」

「ナナリさん、ありがとう!」

「ヒスイさんこそ、毎晩お勤めご苦労様。なので、こっちはおまけです」


 いたずらっぽく微笑んで、若女将のナナリは別のテーブルへと歩いていった。元気で可愛らしい、人気のある若女将である。


 わくわくとした気持ちでヒスイは運ばれてきた料理を見下ろした。


 深い青色の大きめのプレートに載った白く小型で深いパイ皿。微かに湯気を立てるパイの表面は綺麗なきつね色で艶がある。

 普通、ミートパイは型抜きされるのだが、ここのミートパイは中の具が大きく、パイ自体も一つで満足できる大きさなので陶器の皿に入れて焼いているのだ。


 そして、陶器のパイ皿の隣に小皿に載せられ、とろりとしたソースがかけられた小さなドーム型の茶色いものがあった。


(こっ、これは……棗椰子なつめやしのプディング!!)


 プローストの人気デザートである。お値段が少し高めなので、見習いとしてのお給料を貯めつつ使っている状態のヒスイは滅多に頼めない。

 むちむちとした蒸し菓子。そんなデザートを前にして、年頃の女の子らしく甘いものが好きな彼女の心は最高に躍った。


(ありがとうナナリさんっ、大好きよ!)


 ついデザートフォークに手が伸びそうになるが、ヒスイはそれを抑えてミートパイに取りかかることにする。

 ヒスイはうきうきしながらフォークとナイフを手に取る。ナイフがサックリとパイに刺さる感覚がたまらない。


(ここのは挽き肉じゃなくて、大きくカットしてあるのよね。満足感が違うわ……)


 サクサクとパイを切り分けて、隠れている大きな牛肉と一緒にフォークで刺す。

 それを持ち上げると同時に、ほわりと白い湯気が立ち、つやつやとした濃厚なトマトソースに包まれた牛肉が姿を現した。


「わぁ……」


 その美味しそうな姿にヒスイは思わず溜め息を漏らし、待ちきれないと言うふうに二回だけふぅふぅ吹いて口に運んだ。


「熱っ、はふはふ……」


 すぐに熱さに舌が慣れてくるので、もぐもぐと口を動かす。よく煮込まれた牛肉はとても柔らかく、パイは軽やかにサクサクだ。全体に絡むとろりとした甘酸っぱいトマトソースが最高に合う。


「おいしい~……」


 ヒスイの頬は紅潮し、表情はふわふわと緩んだものになった。遠くからそれを見ていたナナリが笑っている。


 またフォークとナイフを動かして、ミートパイを切り分ける。今度出てきた具は大きめに切られたアスパラだ。これもまたよく煮込まれて柔らかい。

 ヒスイは手を止めず、次々に温かなミートパイを口に運んでいく。


 大ぶりのじゃがいもは熱く、そしてホクホクで、ソースに紛れた玉ねぎは甘くとろけている。パイと一緒に掬い上げたうずらの卵は口の中で柔らかくはじけた。


「やっぱり主役はお肉ね」


 牛肉の脂の甘味にふぅ、と満足げな吐息を漏らし、さらりとこぼれた金髪を耳に掛ける。

 底や側面のパイはソースや肉汁を吸っているがふにゃふにゃにはなっておらず、しっかりした歯触りを残しながらも、てっぺんのパイとはまた違った味わいだ。


「最高……」


 夢中でフォークとナイフを動かしているうちに、ゴロゴロと沢山入っていた具を食べ終えてしまい、ヒスイは名残惜しげに残ったパイをソースに絡めて口に入れた。


「はぁ~、おいしかった……」


 一人前にしては少々大きいミートパイをお腹に収め、ヒスイは満足げな溜め息を漏らした。年相応なその笑顔に、たまたま見ていたザックは苦笑する。


 さて、と温かいお茶で口をさっぱりさせたヒスイはプレートに残った小皿のデザートを見た。


(一ヶ月ぶりの、棗椰子なつめやしのプディング……)


 ごくり、とつばを飲む。

 焦げ茶色のスポンジの蒸しケーキに近いこのプディングと言う菓子は、褐色の甘いソースに包まれて、じっとヒスイを待っている様に見えた。


(じっくり味わわせてもらうわ……)


 高鳴る胸を押さえて、デザートフォークを手に取る。少しむちっとしたプディングにフォークを入れ、一口分を切り分けた。それを刺し、小皿に溜まるソースに絡めて口へ。


「ん~っ!!」


 ねっとりとしてとても甘い、けれど優しい素朴な感じがする。ヒスイはその一口を噛みしめながら思わず足をパタパタ動かしてしまった。


(やっぱり最高のデザートだわ!!)


 一口目の余韻が去らないうちに二口目を口に運ぶ。棗椰子なつめやしの甘味が砂糖より強く、クセになる味だ。

 独特の食感に、混ぜられた棗椰子なつめやしのねっとり感が合わさって、食感も楽しい。


 小さなプディングは三口で姿を消してしまい、ヒスイは幸せすぎる満足感と、食べ終えてしまったという喪失感に「あぁ……」と短く呟いた。


 ヒスイはしばらくそこに座っていたが、やがて温かいお茶を飲み干すと、隣に座っていた戦士に「先に帰りますね」と告げ、席を立った。


 これはいつものことで、気を抜くと夜更けまで飲んでしまう戦士たちも付き合わせる方が申し訳ないから、と承知している。それにハルザーレの治安は良いので、普段から魔物と戦っているヒスイ一人で帰しても不安はない。


「ナナリさーん、お会計よろしくお願いします!」

「はーい!」


 カウンターで会計を済ませ、ヒスイは暖まった身体に、ほかほかとした満足感を抱えて、満面の笑みでプローストを出た。


 外に出ると温まった体が刺すような冷気にさらされる。初冬の風は冷たいが、王都の冬は故郷のカーラ村の冬ほど厳しくはないらしい。

 ヒスイはケープの前をしっかり閉じ、石畳の道を教会へ向けて歩き出した。

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