第23話 開店、そしてこれからの準備
「――さあ、今日から開店だ! がんがん稼ぐぜえ!」
アルバの素材卸売り店、今日から営業開始である。
魔物の素材を、安価で大量に売り卸すだけの店。魔物を解体するのは部下たち。素材を店頭に並べるのも部下たち。要するに俺はぼーっとしておけばいい。最高である。
(ははは、自分の店だ! こいつはいいや! 店を構えるってのが大事なんだよな! 何せ俺は【商人】なんだからよ!)
びっくりするかもしれないが、狙いは
せっかく与えられた才能、もとい職業クラスなので、ちょっとぐらい伸ばしてみたいという気持ちがある。
店の外見だけはやたら立派である。
貴族の館かと見紛うような邸宅、やたらと大きい倉庫、そしてどでかい看板。
装飾が稚拙なのはともかく、大きさだけ見れば、帝国都市部にある立派な商会と比べてもそうは見劣りしないだろう。
一方、立地は最悪と言ってもいい。
山の中にある大きな館と倉庫が店代わり。東のブルボーズ村の住民たちからすると、わざわざ村からここまで足を運ばなくてはならないため、距離も高低差もあって非常に不便であるはずだ。
だがこれでいいのだ。これもまた考えの一つである。
初日からあまり繁盛されると、商人のおっさんエイペックとの約束(※三日に一回、荷台一杯分の素材をごっそり交換する契約)を守れなくなる。
それに、すでに人が住んでいる場所に店舗を構えていると、店の大きさを自由気ままに拡張できなくなる。
(別に構うことねえさ。村の頭領ブルボーズと、その部下二十名が、村からここまで出張ってくれるんだ。奴らが日がな歩いてくれるから、村からここまでの道が踏み均されて、便利な道になってくれるだろうさ)
毎日二十人も来るわけではないが、五~六人はこちらに来て素材解体を黙々とやってくれる。山道とはいえ、彼らが毎日道を踏み均してくれるので、村との交通の便も徐々によくなるはずである。
で、毎日のように解体作業をしてもらう。
血と脂の汚れが酷くドロドロの見た目になるわけだが、そこは川の水を引っ張ってきたこの拠点の強み、露天風呂に入ってきれいさっぱり身を清めてもらう。
わざわざむさ苦しい野郎どもに風呂を振舞うなんて気乗りしないが、まあ、俺は別に大した手間じゃないので、そのぐらいはしてやらねばなるまい。
おかげさまで、山にわざわざ登ってきてくれる野郎どもの機嫌もさほど悪くはない。
魔物解体の安定した賃金(今は現物支給がほとんどだが)、骨炊きスープを使った旨い飯、そして川の綺麗な水と
宿舎を作ってほしい、なんて要望も出ているぐらいである。少々快適すぎたかもしれない。毎日魔石を消費して湯をがんがん沸かしているのだから、贅沢といえば贅沢な話である。もっと素材を多く解体する必要が出てくれば、宿舎を作ってやるべきだろう。
(あとは大量に発生したごみだが、まあ、迷宮に全部捨てればいいだけだから、処分もそうそう困りはしない)
ちなみに、魔物解体で出た大量の血や、解体ごみ、汚れた風呂の水などは、まとめて迷宮に捨ててしまえばいい。餌にしてくれる魔物がいるだろう。あるいは、茸などの菌糸類の植物が分解してくれるかもしれない。
迷宮が臭くなるんじゃないかって? その通りである。
しばらくは迷宮の浄化作用に期待するしかない。
◇◇◇
「おえーっ、くっさいにゃあ……くっさいにゃああ……」
頭をくらくら回して気分悪そうにしている獣人の娘に、俺は薬を差し入れた。アルルーナに調合を教えてもらった清涼剤の一種である。生命力の強いペパーミント系ハーブを煎じたもの。雑草以上に繁殖するので、材料を集めるのは簡単だった。
「うええ……あの洞窟くっさいにゃあ……」
「俺が作った【鎧の箱】の中に入ってるんだから安全だろうが」
とりあえず《空中床》のことは面倒なので説明していない。今のところは、俺は【鎧の箱】の魔術を使える魔術師という嘘の説明で誤魔化している。あんまり能力について周囲に言いふらすつもりはない。俺をいざというときに守ってくれる盾であり、俺の使える最強の切り札なのだ。
「これから店を開くんだから、お前にはさらに働いてもらう必要がある。いいな?」
「にゃああ!?」
「お前が小便をぶっかけたのは、俺が帝国騎士団で団長より拝受した、世にも希少な鎧なんだぞ?
嘘は言っていない。
支給品貸与の申請様式に記載する名前は価格ごとに権限があり、鎧一式の場合は団長から拝受したことになる。
この鎧にしたって、叙任式で何度も使いまわしてきた中古の鎧であり、俺がこの島に派遣される際に必要物品として与えられたものだ。
騎士団で三百着ぐらいある鎧だが、まあ世間的に見れば、世にも希少と言っていいだろう。
「お前じゃなくて、ニーアだにゃ。セリアンスロープ氏族のニーアだにゃ」
「よーしじゃあニーア。この鎧の皮部分を取り換えるぐらいの費用は出してくれるんだろうな? それまでは働いてくれるよな?」
「にゃう、う……」
気まずそうな彼女に、俺はなるべく高価そうな紅茶と、高価そうな茶菓子を進呈する。
この分も当然、返済金額に上乗せである。利子も当然上乗せ。こういった嗜好品は、俺が島にくる際に持ち出してきた物品の一つだが、そろそろ消費していかないと駄目になってしまう。どうせならこういう囲い込みに使わないともったいない。
「お、雄臭い鬼上司にこき使われるにゃあ……」
「文句はな、
「にゃうう……」
これも嘘である。魔物を引き寄せてくれるだけで十分大きな貢献だ。
「ううう……匂うにゃ……嘘くさいにゃあ……」
「仕事してないのは事実だろうが、ちゃんと仕事しろ」
なんだか微妙な表情を浮かべるニーアに、叱咤激励を送る。
せめて、うちの店の看板娘ぐらいにはなってもらわないと困るのだが。
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