第20話 明け方の戦い、そして決着
明け方の薄明りの中、ようやく魔物たちの全容がはっきり目視できるようになった。
――木の下に二十匹近く狼が集まっている。なるほど、この数は脅威である。もし俺が並みの騎士だったら死んでいただろう。改めてこの罠を考えた奴の性格の悪さを思い知る。
狼の狩りと言えば、大体三匹から五匹程度が相場だと思うが、どうやらこの中にずば抜けた統率力を持つ狼が混じっているらしい。
実に惜しい話である。もしも俺が魔物を調教する才能を持っていたら、群れを率いている優秀な個体を絶対に服従させたいのだが、いかんせん俺にはその手の才能はない。魔物と契約魔術を結んで使役魔獣にするという手段もあるのだが、その契約魔術も知らない。残念だが始末する他ないだろう。
そこで、俺は考えた。
木の下に集まっているので、木を中心として大体6~7ヤード四方を《空中床》で囲めば、狼たちは逃げられないだろう。
そして上から逃げられないように《空中床》で蓋もすればいい。
囲い込みが完了したら、後は、川の水を流せばいい。
「がはは! 笑いが止まらんな!」
どんどん水が溜まる閉塞空間の中で狂乱状態に陥る狼たちを見ながら、俺は快哉を上げた。ビビってやがる、ざまあみやがれ、もっと怖がるがいい。
ひとつ誤算があったとすれば、川の水がそんなに溜まる速度が速くないというところと、地面から水が逃げるので地面も空中床で埋め尽くさないといけない(だがそれをすると魔力を消費しすぎるのでできれば温存したい)というところ。
まあ正直、この後に来るであろう二十名の盗賊たちのために魔力は残しておきたいので、犬ころを虐めるのはほどほどにしておかないといけない。
せっかく川の水を引っ張ってきたので、獣人娘にも水をぶっかけて綺麗にしておく。「ん゛に゛ゃああ!?」とやかましく叫んでいたが知ったことではない。大抵、明け方の川の水は冷たいものだ。我慢してもらうしかない。
「な、何をするにゃ! とんでもねー猿だにゃ!」
「黙ってろ、そのくっせえ身体を綺麗にしとけ。お前さんにはもう少し仕事をしてもらう予定なんだよ」
「にゃああ!?」と露骨に傷ついたような反応を返してくるが正直どうでもいい。
それよりも狼である。彼らこそが重要なのだ。
水から逃げようと暴れてまわっている狼たちに対し、俺は思いっきり投石をぶちかました。
当然《空中床》に阻まれて大きな音が立つが、それもまた狙い。音に驚いたか、狼たちの恐慌が一際ひどくなった。
「おいよう犬ころ、お前らもだ、お前らにも仕事があるんだ。俺の言葉は分からんだろうけどよーく聞きな」
がつんがつん、とやかましいほど石をぶつけまくって、俺は狼を脅かし続けた。猛々しく吠え返してくる狼はほとんどいない。すっかり委縮しているようだった。
「ほーれ、俺から逃げたいか? 俺が怖いか? この俺の匂いとこの声、よく覚えときな」
◇◇◇
「……どうだ、上手くいったか」
「ひひ、上手くいきましたよ。随分間抜けな騎士様でしたぜ」
明け方の薄暗さの中、男たちは小声でささやき合っている。武装を固めて森の中を進む彼らは、残忍な笑みを浮かべていた。
「あの騎士様、随分とまあ素直に悲鳴の先に飛び出したもんでね。ええ。矢を避けられるとは思ってませんでしたが、でもまあ概ね筋書き通り。予め集めておいた魔物を上手くけしかけることに成功しましたぜ。へへ、あの数の差じゃあ今頃は魔物の腹の中でしょうや」
「……そうか、それなら良いが」
頭領格の男が一旦言葉を切り、声を一層低くしてから続けた。
「油断するな。別に死体を確認したわけじゃねえ。奴のあの剣術は本物だ、まんまと逃げおおせている可能性もある」
「へへ、さすがに冗談でしょう? 暗くて分かりやせんでしたが、狼が十匹近くはいましたぜ? いくら剣術が凄かったからって、あんな暗くて、足元も悪い森の中にうかうか出てくるような奴、生き残ってるとは思えねえです」
半笑いで取り巻きの一人が口にするが、返答は来なかった。沈黙。しばらくの間、会話が消えて、歩く音のみがその場にあった。
何かまずいことを発言したかもしれない、と部下たちの表情に不安が入り混じる。が、頭領格の男は依然として口を開こうとしなかった。
「……この辺ですぜ、ここからは音を潜めて行きやしょう。あくまで目的は、死体を確認することですからねえ。ほら、あそこに、死体が……死体が……」
やがて、目的の場所の近くまでたどり着く。
が、そこには、あるはずの騎士の死体がなかった。
「死体が、ある、はず……」
「! 野郎ども構えろ!」
咄嗟に頭領格の男が吠えた。
ほぼ同時に、どこからか狼たちが突然飛び出してきた。一体どこから、と冷静に観察する暇もない。なし崩しに戦闘にもつれ込んでしまい、男たちは大いに慌てた。号令があったから辛うじて戦えているが、これが完全な不意打ちだったら、もうすっかり壊滅していただろう。
「っ、どうなってやがる! おいお前ら! 背中合わせに三人一組を作れ! 背後を取られるな!」
的確な指示、だがそれが命運を分けた。
「ばーか、読み通りなんだよ! 想定外の混乱を作り出したら大声で指示を出す奴がいる! そいつをぶっ叩きゃあ一網打尽よ!」
どこから、と判断する暇もなかった。音は上から。
つまり奴は上空から来ている――。
「――正解!」
「っぐ!?」
激しい剣戟。特大の火花が散る。上空からの全体重をかけた一撃。
受け止めたが最後、頭領格の男は大きく態勢を崩した。そこから二、三合ほど刃がぶつかり合うが、突如現れた男は、全然呼吸を整える隙を与えない。見るものの目を奪う鮮やかな剣閃。
「がっ」
鳩尾に一撃。側頭に強烈な回し蹴り。続く剣戟が、頭領格の男の武器を弾き飛ばした瞬間、もはや勝負は決していた。
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