第19話 夜襲、そして獣人族の娘の悲鳴

 あれから数日。

 村長のやつ、いつ襲い掛かってくるんだろうな、多分真夜中に奇襲だろうな、まさか明るい昼間に勝負を挑むような阿呆な真似はしないよな……と、来たる襲撃の日をうきうき待ち望んでいた矢先のこと、ついにその日は訪れた。






「――いにゃああああ!? にゃんで!? にゃんでこんなことなってるにゃあああ!?」


 夜の森に木霊する、若い女の悲鳴。

 すわ何事か、と剣と魔石を手に取って洞窟の外に出る。

 警戒を高めながらも音源を探ると、獣人族の娘が紐でぐるぐる巻きに縛られて、木の上に放置されていた。


「いにゃああああ!? いにゃああああ!? 狼がっ、狼がああっ!?」


(……獣人族の娘? なんでこんな場所に?)


 思わず気を取られる。理解が追いつかない。なぜ木の上に、縛られた獣人の娘がいるのだろうか。


 瞬間、咄嗟に嫌な予感がしてその場を離れる。矢が空を切る。間一髪。危ないところであった。

 この暗闇の中、どうやら何者かが俺を狙っていたらしい。


 空中床で四方を守っているので避けなくてもよかったが、これで手の内を隠すことができた。矢の飛んできた方角に光る魔石を投擲しながら、俺はそちらに走ろうとした。

 だが。


「いにゃああああ!? にゃんで!? にゃんで魔物たちが上ってくるにゃあああ!?」


「……ちっ」


 人質、あるいは魔物をおびき寄せる餌だろうか。

 見殺しにするのも気分が悪いので踵を返す。奇遇にもほぼ同時に、二の矢がぴぃぃと甲高い音を立てて通り過ぎた。鏑矢である。音に感づいた魔物がこちらを振り返り、そして俺のことを発見した。


 ――なるほど、そういう作戦か。

 暗闇の中、森の魔物をで集めておいて、そして俺にぶつけるという算段。よく考えられている。


 この森の暗闇が非常に悩ましい。月明りと星明りだけが頼りだが、森の木々の葉で隠れてあんまり光を頼りにできない。

 魔物が一体どこに何匹いるのか、そんな簡単な情報さえ俺には把握することができない。

 頼りになる情報は、音と匂いのみ。だがそれらは魔物の方が鋭い。


「……っ!」


 飛び掛かられた衝撃。

 咄嗟に俺は剣をそちらに突き刺した。空中床が俺を守ってくれている。その隙間から俺は剣を通すだけでいい。


(やっべえ、全然気配だけじゃ予測できなかった! これ《空中床》なかったら俺詰んでるぞ!?)


 大きな悲鳴。

 だが間断なく、別の個体が突進して体当たりを仕掛けてくる。これが厄介なのだ、群れをなす魔物はこうやって集団戦術を取ってくる。

 もう一度剣を突き刺してやろうとしたが、毛皮を掠るだけで終わる。安全圏からただ剣を突き刺すだけなのに、暗闇と相手の速さも相まって、どうしてなかなか難しい。


 膠着状態。だが時間はあまりかけられないだろう。

 先ほどから獣人の娘の悲鳴が、徐々に深刻になっている。


「い゛に゛ゃあああああああ!?」


 ばさばさと大きく羽ばたく音。おおかたふくろうの魔物が獣人の娘を襲ったのだろう。

 早めに助けないとまずいが、しかし状況を上手く打破する方法を思いつかない。


 どうすればいい。何匹いるかも分からない魔物たちを一網打尽にするには、一体どうすれば――。


「あ、そうか」


 答えは一瞬だった。一網打尽にしなくてもいいのだ。

《空中床》を使って普通に上にいく。喚いてる獣人族の娘を回収する。それだけでよかった。


「い゛に゛ゃあああああああああああああっ!? ああああああああああああああああっ!?」


 木の上に登って回収しようと思ったら、なんと凄い力で暴れられた。俺のことを新たな魔物だと思ったらしい。

 じたばたするし絶叫がうるさい。声量が大きくて耳がきんきん痛む。

 というかすっごい濡れてる。何だこれ、と思ったら、この女漏らしていた。最悪だった。


「あ、あ、あああっ、き、騎士ぃぃ」


「おい馬鹿、追加で漏らすな! 何でいま漏らした! 怖くねーだろ!」


「にゃあああ……っ」


 訳が分からなくなっているらしい。最悪だった。この女後でぶん殴ってやろうか。


 状況は概ね理解した。

 多分この雌獣人の匂いにつられて、雄の狼たちが多数引き寄せられたんだろう。種族は違うが、魔物は獣人族の異性の匂いにつられる習性がある。このように魔物を寄せる性質があるためか、獣人族は帝国では身分が卑しい存在だとされてきた。


「ううう……くさいにゃあ……」


「てめーだろ、しばくぞ!」


 このまま夜明けまで待機するつもりなのだが、果たしてうまくいくだろうか。

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