前半

第11話 優雅な朝を過ごしつつも、ごりゅごりゅうるさい魔物に水を差されて、それならいっそ半自動的に魔物を狩ることができないかを模索してみるなど

 今日も快適な一日が始まる。



 朝の目覚めは上々である。草わらの上に亜麻の敷布を被せ、その上に羊毛毛布を掛けてつくった簡易寝具は、思ったより寝心地が悪くない。

 草わらの先端がしばしば敷布の目を突き出てちくちくするので、敷布を二枚掛けにするなど工夫は必要だったが、これが結構いい緩衝材になってくれている。草わらに虫が湧かないように、定期的に煙で燻す必要はあったものの、しばらくはこの寝具を愛用することになるだろう。



 朝日を浴びながら、俺は川の水を煮沸して一晩冷ました水を口にした。飲用に耐えうる清潔な水を調達できる、というだけで十分以上にいい環境だと言える。

 これが帝国都市部なんかだと、それさえも中々難しいことだったりする。治水に力を入れていない貧乏な都市では、たびたび悪い水が原因で疫病が起きたり蚊の大量発生事件が起きる。とんでもないことだ。そんな水と比べたら今飲んでいる水は比べ物にもならない。



(まだ火は残っているな……スープを温めて食べるか。ついでにお湯を作って身体を綺麗に拭きたいし)



 昨晩のうちに藁の灰を被せておいた火種は、まだ若干熱を残している。風除けに空中床で三方を囲みつつ、kenのルーン文字を彫った魔石を近くに埋めておいた甲斐があった。まだこれなら火を付け直せる程度には熱い。

 今のうちに薪を入れ、小間切れの木材を入れ、ナイフで細かく火口を入れた木っ端を入れて風を送り込む。こういう火の扱い方は、新米騎士の時にみっちりと教え込まれたものだ。

 しばらくすると火が徐々に大きくなった。あとは良く乾いた薪に火が移るのを待つだけであった。



 薬草と野菜の切りくずと塩漬け肉のスープ、こいつを固くてもっさりしたパンを浸しながら食べる。

 野菜やパンは、村の薬師のアルルーナに分けてもらった。相場より高いとか安いとかは正直知らない。こういう雑多な小物は、全部アルルーナに用意してもらう契約になっている。こちらは素材をまとめて安売りしているのだから、その程度の融通は聞いてもらいたいところである。



 ついでに小麦を水練りしてタレを塗って焼いて、何か焼き菓子のようなものを作ろうかなあ――なんて考えたところで、ごりゅごりゅうるさい音が迷宮の奥から聞こえてきた。

 思考が中断される。音について大方の予想はついていた。



(……まーたムカデかね、本当あいつらも懲りないもんだな)



 迷宮化された空間では、魔物の生殖能力が異常発達すると言われている。それに迷宮核なる存在から魔物が次々産み落とされているとも言われているため、迷宮からは魔物が尽きることなく湧いて出てくる。だからこそ冒険者だとか帝国騎士団のような、戦うことしか芸のない連中が食い詰めることなく生活できているのだが――それはそれ、である。

 この未開拓迷宮もまたその例に漏れず、魔物が無限湧きする迷宮のようであった。



(うーんそうだなあ……無限に湧く魔物を、次から次に自動的に処理できるような仕組みってつくることができないんだろうか)



 しばらく考え込んでみたものの、いい閃きは得られない。

 ただし、閃きとはちょっと違うのだが、強引だけどやってみる価値のありそうな手段ならばいくつか思いつく。幸い、今日は魔力もまだ十分に余っているし、空中床の検証実験も兼ねてあれこれ試すのは悪くなさそうであった。











 ◇◇◇











「がはは! 笑いが止まらんな!」



 発想の逆転。こちらから探索しなくてもよいのだ。向こうに来てもらったらいいのである。

 300ヤード先に空中床を作り、こう、がーっとこっちまで引き寄せる。そしたらこう、コウモリとかクモとかムカデとか、その辺の魔物がごっそりこちらまでやってきてくれる。例えるなら箒で床のごみを掃き掃除するようなやり方である。まとめて一掃。実に素晴らしい。



 もちろん運ぶものが重すぎると大量に魔力を消費してしまうのでだめである。

 空中床で作った壁で、魔物たちを力任せにがーっと引き込もうとしても、魔物の抵抗する力は馬鹿にはならないもので、途中でこちらの魔力が尽きる。



 なので一工夫が必要となる。これが俺の閃き。

 もの凄く薄く鋭利な・・・空中床を1インチ間隔に並べてしまうのだ。

 刃がついた壁がゆっくり迫ってくるようなイメージだ。これならこちら側がさほど力をかけなくても、この鋭利な見えない刃から逃げようと魔物が自分から移動してくれる。よってさほど魔力を無駄遣いしなくても魔物を追い立てることが可能となるわけである。



 空中床をそんな遠方に作り出すことができるのかだけが心配だったが、何度も練習することで要領はつかんだ。

《空中床》その8、空中床を新たに生成できる距離限界は、自分の知覚できる範囲の限界と等しい。基本的には視野の限界まで。

《空中床》その9、一度出現させたことがある場所に限って言えば、何度か練習を重ねることで空中床を展開できるようになる。

《空中床》その10、ごく薄い空中床も作ることができる。しかし空間の安定性が低いせいか、魔力を定期的に補給しないと消滅する。



「これならほぼ自動化できそうだな! 朝起きたときに空中床を展開して、こちらがわに引き込むだけ! これで300ヤード先までは安全な空間に早変わり! ははは、俺って冴えてるーっ!」



 実証実験は大成功。前回300ヤード先まで探索したときからあまり時間が経っていないが、合計で二十匹ぐらいの魔物を連れてくることに成功した。

 こちらは全然何も大したことをしていない。ただ座って料理を作っているだけ。それで魔物をごっそり引き連れることができるなんて、あまりにも都合がいい。

 反面、切り傷で体表が結構傷ついてしまっているが、それはもう仕方があるまい。



「で、こいつらに昨日の風呂の残り湯とかをだばーっとぶっかけて終わりと。今日はイモリはいなさそうだから、普通に溺れさせればいいかな」



 新しい自動化手法を見つけることができて、俺はついつい笑顔になっていた。これなら毎日やっても面倒くさくない。荷物を運ぶ手間も省ける。何となれば、身支度しながらやったり食事を作りながらやったりすることもできる。こんなに素晴らしいことはない。



 次に薬師のアルルーナがやってきたら、三日に一回来てくれるようにお願いしようかな、なんてことを考えながら、俺はやや塩気の強いもさっとしたパンを頬張るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る