第2話 流刑島に送られるも、空中床の検証を進め、魔物討伐の効率化を図るなど

 問題:犯罪者と流民と亜人族しかいない治安最悪の無法地帯があるとして、一体誰が騎士として治安維持に勤めることになるか?

 答え:騎士団の出世街道から落ちこぼれたやつを、名ばかり騎士として赴任させる。






 ◇◇◇






 流刑島、カルチェリス・インスレ(carceris insulae)。帝国の統治の行き届かない、特別自治指定地の一つ。

 言い方は格好いいが、要するに何にも行政整備できていないということだ。


「出迎えなし、副官なし、引継ぎなし。なのに人頭税の徴収義務だけは勝手に課される……ふざけんなよクソが」


 地元の漁師の船に乗って、えいだらほいだらと海を渡り、ほとんど未開拓の孤島に上陸して、早一週間。

 俺はたとえようもないほど胸糞悪い気持ちになっていた。

 これは上陸早々に起きた、とある事件が原因であった。


「上陸していきなり、やたらと強面の男どもに囲まれて、"おう兄ちゃん、いい鎧着てるじゃねえか、命が惜しけりゃ財貨は全部俺たちに寄越しな"とか脅されるって……こんな酷い話ってあるかよ」


 だから俺は本気で抵抗した。突然やってきたごろつき連中相手に、騎士団で鍛え上げてきた実践剣術を、思う存分にふるった。


 いかに相手が多勢とはいえ、鎧を着た騎士とぼろ服を着てるだけの人間では雲泥の差である。それに身についている戦闘技術も段違いである。独学の喧嘩殺法なんかに、帝国騎士団の実践剣術が負けるはずもない。


 結果として、絡んできたごろつきの輩どもを追い払うことに成功した。


 だが、島の住民からはすっかり嫌われてしまった。向こうから絡んできたのにとんでもない話だ。あれから一週間たつが、誰も俺に話しかけようともしてこない。村八分とはこのことである。


「ちょっと目を離せば俺の私物を盗んでいこうとするし、誰もろくにこの島のことを教えてくれないし、そもそも俺がこの島の治安維持を任された騎士様だって理解しているやつなんか全然いない。これで徴税なんてやってみろよ、俺は一体どうなる?」


 これほど嫌われているのに、無理やり税を集めようとするとどうなるか。

 結果は火を見るよりも明らかである。

 ――集団で囲まれて殺される。今度こそ数の暴力で血祭りに上げられるだろう。


「……はあ。今日の分の食糧を取ってくるか」


 今日も今日とて、森に籠って食料探しである。山の中にひっそり隠してある荷物だけが、今の俺の心の支えなのであった。






 ◇◇◇






(それにしても、《空中床》って本当に空中に透明な床ができるんだな……)


 島に辿り着いてからしばらく。

 俺は《空中床》スキルについて、あれこれと検証作業を進めていた。


《空中床》その1、発動すると、空中に固定された透明な床が出現するスキルである(発動者以外には視認困難)。

《空中床》その2、出現する床の大きさは、魔力消費量を調節することで変更できる(特に意識をしなかったら、縦長2ヤード × 横長1ヤード × 厚さ1インチの板が出現する)。

《空中床》その3、一度出現させるとそのまま出現したままになる。


 ごんごん、と空中床を叩きながら俺は少々感心した。

 想像以上に硬い。試しに剣を通してみようとしたが、がきっ、と弾かれた時点で検証を断念した。本気で叩き切ろうとすると剣の刃が痛む恐れがある。代わりに大きめの岩を拾って思いっきり殴りつけたが、空中床はびくともしなかった。


 しかも空中床は見えづらい。空気が固まった物体なのか、あるいは空間そのものが固定されているのか、原理はよく分からないが"透明の何か"である。光の屈折率もほとんど変わっていないのか、視認は極めて困難であった。

 発動者である俺には(あ、ここに空中床があるな)となんとなくわかるが、他の人には全然わからないだろう。

 泥を塗りつけたら目視可能だが、そうでもしなければおいそれと発見することはできまい。


(……へえ、空中に床が出現するだけだと思ってたけど、これは意外と、ねえ)


 閃いた。

 これって魔物を狩るのにすごく便利なんじゃないだろうか。






 ◇◇◇






 閃きの実証実験は、大成功に終わった。魔物狩りの大幅な省力化ができたのである。


(ははは、予想通りだったな! イノシシの魔物を簡単に狩ることができるじゃないか!)


 これでとうとう三頭目である。最初は慣れないところもあってあたふたとしてしまったが、すっかり慣れた今となっては単純な作業になった。

 今や、イノシシを探すことの方が面倒になってきたぐらいである。

 断っておくが、イノシシの魔物は決して舐めてかかっていい魔物ではない。低級魔物であるとはいえ、半人前の冒険者程度では返り討ちに遭う。


 肝心の手順はこうだ。

 こちらに突進してくるイノシシの魔物相手に、《空中床》を発動させる。猪突猛進という言葉がある通り、イノシシは急には止まれない。そのままイノシシは、多くの場合、鼻の真正面から《空中床》に激突する。

 続いて、昏倒したイノシシの身体の上に《空中床》を作って挟みこみ、起き上がれないようにする。

 あとは簡単。お腹側から剣を突き刺すだけ。心臓が狙い目だが、肋骨の間を縫う必要がある。ここ数日手入れが疎かになっていて、すっかり切れ味が悪くなった剣だったが、動けない魔物相手なら十分に実用に耐える。


(イノシシの魔物狩りはもうほとんど作業化できた。激突したイノシシを《空中床》で抑え込んでとどめを刺す、という工程を繰り返すだけだからな)


 そう、これは作業である。

 この《空中床》のスキルのおかげで、魔物を狩るのがうんと楽になった。


 例えば、ホーンラビット(一角ウサギ)を相手取る時も、こちらに飛んでこないように《空中床》を楯代わりに使うことができる。

 ゴブリンやコボルトを狩る時も、いったん《空中床》を発動して、薄い壁のように展開させておくことで、敵の虚を突くことができる。


 空中床、という名前がよくないのだ。空中に透明な板を展開できると読み替えれば、このスキルはすごい応用性をはらんでいる。

 言うなれば、《空中床》は"自由に展開できる不可視の楯"のようなものだ。


(強度や荷重限界がないのか気になるものの、展開速度は早いし、消費魔力もそこまで多くない。《空中床》は戦闘用スキルとしても有用だ)


 更なる実証実験を行う必要はあるものの、この段階でも《空中床》は十分以上に活躍してくれている。

 正直な話をすると、最初こそとんだハズレスキルを引いてしまったとがっかりしていたものだが、今の俺は《空中床》のスキルに愛着を覚えつつあった。











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 ■アルバ・セコールジュカ Lv.6

【ジョブクラス】

 商人Lv.1

【特殊スキル】

《空中床》

【通常スキル】

「剣術4」「槍術3」「盾術3」「馬術1」

「罠作成1」「直感1」

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