本気。

「グェッ!」


 拳が男の顔面を直撃し、失神させる。浮遊魔法で引き寄せてから、鍛え上げた肉体による一発を叩き込むのは、アルバの得意戦法だった。

 倒したのは、密猟者。銃を持っていたが、このくらいの奴を倒せないようでは、教員はやっていられない。


「しっかし……密猟者多過ぎんだろ……」


 呟きながらも、締め上げて気絶させて浮遊魔法で浮かせている十人の密猟者を眺める。こいつらが生徒達に手を出さないとも限らないし、捕らえておいて損はないだろう。

 しかし、嫌な予感がする。なんで今日に限ってこんなに密猟者がいるのか? ……必然と捉えるべきだろうか? 例えば……校外学習中だからこそ見逃される可能性が高いと踏んでいる、とか。

 やはり、肝試しは中止にするべきだったか……と、悩んでいる時だった。


「やっと見つけたぞ!」

「え?」


 空中から箒にまたがって降りて来たのは、ライト・イハート。飛行魔法の先生だ。


「何してる! アル……え、何そいつら」

「密猟者。なんかいっぱいいた」

「なっ……なんで……!?」

「ちょうど良いわ。こいつら警備隊に突き出してこいよ」

「そ、それは構わないが……いつから気付いていた?」

「競技中から」

「な、何故言わないんだ!」

「いやーシカトするつもりだったんだよ。でも、やっぱり気になったから見てたらいっぱいいた」

「いやそんなゴキブリを見つけたーみたいに言われてもな……」


 人をゴキブリに揶揄するあたり、ライトも結構言う方だ。


「ほれ、ハリーハリー。俺は引き続き密猟者探してぶっ飛ばすから」

「わ、分かった……」


 それだけ話して、密猟者達を託した。とりあえず……さっさと見回りを続けないといけない。それと同時に、校長にも一応連絡しておくことにした。


 ×××


「「ぎゃあああああああ!!!!」」

「逃がすかよクソガキどもおおおおおお!」


 マサオミとクインは、ドワーフからの猛攻を躱しながら飛んで逃げる。

 その二人の後を、カバシは武器を担いでは振り回して追いかける。

 ドワーフ……その魔法は人間が使える5つの魔法はもちろん、ドワーフ固有の魔法も使用可能である。

 ……それは、素材さえあれば一瞬で物を作れる能力だ。

 例えば、ドワーフがちょうど今やっている事。グリフォンから奪った爪と岩、そして自分が持っている鉄のナイフを掴み、魔法を使用。

 ……その結果、グリフォンの爪を利用した、一度食い込んだら抜けなくなる上、外角を石で多い、芯を鉄で補強した槍へと変化する。


「くたばりやがれオラァッ!」


 ヒュボッ、と空気に穴を開けるかのような速度で放たれた。狙いは……クイン。気付いたクインは、反射的に魔法で防ぐため、杖を向けた。

 魔法の発動と、浮遊魔法が槍に直撃させたのは流石だ。だが……浮遊魔法を突き破って槍は突き進んでくる。

 クインの襟を正臣が掴み、引き寄せるが、杖の先端に槍は掠めてしまう。

 掠めただけなのに……杖は打ち砕かれた。


「そんな……うわっ!」


 その衝撃は、杖だけに限らない。クインを抱えていたマサオミのバランスまで崩れ、そのまま二人は地面に落ちる。


「んにゃろっ……!」


 正臣は強引に真下へ浮遊魔法を叩き込み、なんとか身体を支えながら草の中へ不時着させる。

 クインの頭を胸中に抱えるようにしながら落下した。


「ったた……大丈夫……?」

「ご、ごめん……」


 納得がいかない、とクインは奥歯を噛み締める。

 魔法のトレーニングは毎日していたし、入学してからは早朝も欠かしたことはない。警備隊支部長についた際、親の力と言われないように努力した。

 ……なのに、たかだか種族が違うだけで、腕力だけでこちらの魔法が弾かれるどころか、杖さえも砕かれるなんて……。


「……キスくんっ……」

「僕は……今まで何を……」

「オーキスくん!」

「っ、な、何……!?」


 呆けていた。命の危機に瀕しているにもかかわらず。……いや、瀕しているからこそかもしれない。


「しっかりして! パニックになったら負けだから!」

「っ、ま、負けって……」


 何を言っているのか。こんなの、どうせ勝てない。もう杖もないのだから。

 今思えば、自分の人生は楽しいことなんて何一つなかった。それらを全て捨てて、警備隊支部長になることを目指して腕を磨いて来た。

 ……それも、種族の違いなんてものだけで易々と覆される。


「もう、いいよ……」

「は?」

「マサオミの杖は、無事だろ……? こんなの、勝てるわけがないし……僕を囮にして逃げて……」

「っ……」


 もう疲れた。どうせ、この学校にいてもトップは取れない。正臣の方が上だし、そのうちオーキスの名前で群がっていた子達も他の誰かとつるむようになるだろう。

 ……いや、本音を言うなら、だ。目の前で悔しそうに奥歯を噛み締めている少年。


「……マサオミ、今思うと……君と競い合っている時間は、悪くなかったかもね……」

「……っ!」


 そう言った直後、正臣は表情を変える。強く目を瞑った後……何か、決心したように目を開いた。

 そして、ゆらりと立ち上がる。まるでカバシが後ろから歩み寄ってくるのを分かっているようなタイミングで。


「よぉ、青春の一ページは終わったか?」


 その挑発するような声音を聞きながらも、正臣は優しく微笑みながら上半身に着ているTシャツ脱いだ。上半身裸になった」


「……ごめん、母さん」

「え?」


 なんで母親? ……まさか、むしろ囮になるつもりじゃ……と、冷や汗を流す。いや、でもさっきまでと違い、やたらと優しい笑みを浮かべている。

 その正臣に、後ろからまた挑発が投げ掛けられる。


「なんだ? ママ頼みか?」

「これ、持ってて。杖も。いざという時は使って良いから」

「あ……いや、お前どうするつもりだよ!?」

「全くだぜ、ヒョロガキ。まさか、拳で語り合う気か?」

「あと、オーキスさんにお願い」


 さっきからガン無視である。流石に気が付いて頭に来たのか、後ろのドワーフは武器を投げ捨てて、指を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。


「お、おいマサオミ……後ろ!」

「これから見るものは、絶対に内緒にして欲しい」

「そんなに俺様と会話すんのが嫌だってんなら、良いぜ」

「いやいや、本当にやられてしまうぞ!」

「してくれる?」

「分かった、分かったから……!」

「お望み通り、誰とも会話できなくしてやるよォッ!」


 拳がマサオミに振り下ろされ、思わずクインが目を瞑ってしまった……のだが。不思議と、ゴギッという鈍い音が聞こえてこない。

 ……いや、それどころか何一つ音がしない。うっすらと目を開けると……正臣の背中全体から、浮遊魔法の白い魔力が漏れ、カバシの身体を堰き止めていた。


「………は?」

「約束、守ってね。絶対」


 おかしい。間違いなく杖を持っていない。にも関わらず、浮遊魔法を身体から出している。


「なっ……テメッ、まさか……!」


 ドワーフも驚愕している。当然だ。人間は杖がないと魔法を使えないはずだ。それが出来るのは大昔の英雄とか、そんなレベルの人間のはず……。

 なのに、この少年は……と、思っている時だった。正臣の魔力がクインの後ろに伸びているのが見えた。何をしているのか? と視線を送ると……浮かせていたのは、さっき使われた槍だ。

 それが空中で回転し……穂先をカバシに向ける。


「! テメェ、まさか……!」


 無言で槍を叩きつけにいった。しかし、相手は人間でなくドワーフ。同様に杖がなくても魔法が使える。

 同じような浮遊魔法を体内から生み出し、正臣の拘束を逃れると、飛んでくる槍をキャッチした。


「このっ、ガキがァッ!」


 突き刺しにかかられ、今度こそヤバいとクインが思ったのも束の間。今度は鈍い音がした。真横から飛んできた折れた大木が、正臣の魔力によって引き寄せられ、カバシの身体を真横から殴り飛ばした。

 その隙に、正臣はふわりと浮かび上がる。無言のままカバシを眺めつつ、背中から合計で六本の魔力を触手のようにうねらせながら、それらで大木を掴んで構える。


「『モード阿修羅』」


 そう呟いた直後、一気に大木でカバシをボコボコに殴り始めた。


 ×××


『だーかーらー! せっかく身体中から魔力が出せるようになったのに、なんで手でしか魔法を使わないんだ!?』


 そんな風に怒られたのは、まだ森で母親と暮らしていた頃の話だ。母親との容赦ない戦闘訓練で、地上にいる正臣から見て180度、あらゆる角度から火の玉を浴びせられそうになり、慌てて変化魔法で地中に逃げた時だ。


『それはそれでありだが、結局焼き殺されるぞ! 凌いだ上で突破口を見つけて抜け出さなければな!』

『だって! 手じゃないと扱いづらいんだもん!』

『そんなことでは、エルフやドワーフとかと戦う時にはすぐやられるぞ!?』

『良いよ、戦わずに逃げるから!』

『ダメだ! 入学する以上、どんな危険があるか分からないんだから! せめて、私に一発喰らわせるくらいになってもらわないと、どんないじめが起こるか分かったものではないだろ!?』

『それはそうだけど……!』


 何せ、今まで手以外で物をいじったことがないから、そんな簡単にいかない。背中の魔力なんて、不意打ちを守れる程度でないと上手く扱えないのだ。

 すると、セレナは小さくため息をついてから、正臣の背中に手を当てた。


『っ、な、何……?』

『ヒントだ。……目を閉じろ』

『え……な、何するつもり……?』

『良いから』


 言われるがまま、目を閉ざす。その後で、静かにセレナは言う。


『……想像しろ。お前の背中に触れている私の手……これは、実は背中から生えているお前の手だ、と』

『え……な、何その気持ち悪い生き物いだだだだ!』

『余計なことを喋るたびに抓るからな』


 痛いのは苦手なので、素直に聞き入れる。


『……いや、最初から手が生えてたら想像しにくいよな。ごめん、この手はお前の背中に刺さっていると思え』

『何も考えてなかったのかよ!』

『抓るぞ』

『今のでも!?』


 理不尽だと思わないでもなかったが、抓られたくないので黙る。


『この位置は、手では届かないな? ……そこで、背中から生やして抜く。それを想像しろ』


 無理です、なんて言っても始まらないので、想像してみる。確かに、魔力を操るのなんてほとんどが想像力だ。

 まるで四肢が至る所に生えているところを想像すれば、もしかしたら……と、引き続き想像しながら、背中の魔力に神経を集中させる。

 やがて……少しずつ白い腕が生えて来たような気がした。見えないが、魔力の動きを確かに感じる。

 ……後は、背中に触れている母親の腕に触れるだけ……。


『ど、どうしよう母さん! 関節の方向まちがえて、ここからじゃ腕握れない!』

『そこまでリアルに考えるな! 腕というより触手が生えていると思え!』

『え、し、触手……? えっと、えっと……』

『お、おい! 引っ込めてどうする!?』

『触手なんて元から生えてないから分からないよ!』

『だから想像力!』


 ……という苦労があって、ようやく完成したのが、モード阿修羅。……ただし「これ自分の腕もあるし、背中のと足したら腕八本でタコなんじゃない?」と気付くのはもう少し後の話。

 とにかく、それをマスターした正臣は、自身の少ない魔力を存分に扱える。

 浮遊魔法の便利なところは、自分の身体に魔力がついている限り、引っ込めることができるということ。

 つまり……これだけ放出していても、魔力の消費はゼロに近いのだ。

 ちなみに、杖では魔力を戻すことはできない。杖そのものが魔力を戻すことができないからだ。


「……あのガキ……!」


 大木を叩きつけ続けていると、途中でカバシは拳で大木を殴り砕き始め、最後の一つを素手で掴み、ブーメランに変形させた。

 それを、正臣に放り投げる。形状からすぐに死角からの一撃と読み切った正臣は、空中で宙返りしながら指先だけ触れて温度魔法を発動。ブーメランを強く発光させて燃やし尽くす。


「なっ……!?」


 突然のフラッシュに、カバシが目を逸らした隙をついて、高速で移動。背後を取って、近くにあった石を拾い、温度魔法で高熱に熱した後、浮遊魔法で背中に叩きつけて地面な手を置いた。


「うあっづぁっ!?」


 敵が怯んだ隙を見て、変形魔法を発動。カバシの足元に穴が開き、下半身を埋めてしまう。

 そして……最後に地面で拾った石を熱して、浮遊魔法で射出しようとした直後だった。その手首をガッと掴まれ、あまりの握力に手を離してしまう。


「調子乗んなよクソガキ……!」


 その声と共に前方へ力任せに投げられた後、正臣が持っていた石を持ちながら地中から這い出て、岩盤と組み合わせて巨大なハンマーの形に変形させて投げられた。

 回転させられながら投げ飛ばされた正臣だが、空中で体勢を正しながら全方位に浮遊魔法を広げ、ハンマーの動きを遅くさせた後で位置を把握し、そこに魔力を集中させて軌道を逸らしながら遠心力を利用して自分の周りに振り回した後、その勢いのままお返しした。


「っ!」


 そのお返ししたハンマーが顔面に直撃し、後方へ吹っ飛ぶカバシ。……いや、直撃していない。両手を顔の前で組んでガードしている。

 それでも勢いを殺しきれず、鼻の頭に当たったようで、ハンマーを横に落として見せた顔からは鼻血が出ていた。


「……チッ、随分と戦い慣れたガキがいんじゃねーか」

「……」


 何も言わない。無視しているわけじゃない。怖くて震え声になってしまうから、何も言わない方が良いのだ。

 さっき掴まれた腕……さっさと投げ飛ばしてくれてよかった。あのまま握られていたら折られていた。今もジワジワと痛みが響く。

 その上……やはり生物的に格が違う硬さ。どんなに攻撃しても向こうの闘争心が折れる様子は全くない。まだまだ元気な証拠だ。このまま勝負が長引けば、確実に殺される。

 今にして思えば、殺意と理性を両方持っている上で自分より遥かに高い実力を持つような相手と戦うのは初めてだ。セレナは殺意は込めて来なかったから。

 ……想像以上に、恐ろしい。異世界転生して戦う主人公は、みんなこんな恐怖と戦っているのか?


「どうやら、お前は油断してて勝てる相手じゃねェみてーだな。認めてやる」


 つまり……今後は油断してくれないということだろう。

 その恐ろしさに鳥肌が立ちそうになるが……目に入ったのは、ちゃんと少し距離を置いて隠れているクインの姿。

 そうだ……自分が勝たないと、おそらく彼女は死を受け入れてしまう。

 初めて、自分と一緒にいて楽しかったと言ってくれた同級生だ。……絶対に、失えない。


「だから、俺もそろそろ本気で行くぜ」


 そう言いながらカバシがカバンから出したのは、金属とゴムのようなもの。何あれ? と思ったのも束の間。それらをドワーフの魔法により組み合わせて武器を作成した結果……現れたのは、弓だった。


「!」


 遠距離……ゴリラのくせに……! と、冷や汗を流すが、焦っている暇はない。今の自分は、池の上で浮いている。身を隠せそうな場所がない。

 カバシが矢筒を持っている癖に、わざわざ鞄から取り出したナイフと木の枝を組み合わせて矢を作っている間に、自分も遠くから大木を引き寄せた。


「人間狩は、やっぱこいつに限るな」


 そう言いながら弓を引き絞ったカバシは、矢を一気に放つ。その速度は目で終えるものではないのは分かっていた。

 なので撃たれる前に、自分の前に大木を構えつつ真横に移動したのだが……その大木を、矢は貫通した。


「っ……!」


 その切り口は……綺麗に貫通するだけでなく、淵についた焦げ目から煙を上げていて。まるでビーム兵器で削った後のようになっていた。


「うっそ……」

「矢はまだまだあるぜ。ぼんやりしてて良いのか?」


 これがドワーフの本領か、とすぐに理解しつつも、動かないと死ぬので移動を開始した。

 ボッ、ボッ、ボッと、空気を突き破るような音共に放たれる矢。それらを回避しながらなんとか森の中に行きたいものだったが、それをさせてくれない。何故なら、移動しようとした先に矢を飛ばしてくるからだ。

 いつまでも避けられるものじゃない。このままだと……と、次第に恐怖が頭の中を埋め尽くしていく。


「っ、ひぃっ、ひぃっ……!」


 悲鳴のような吐息が口から漏れる。こんなこと、言えば怯えていることがバレるのに、そこまで精神的に鍛えられていなかった。

 そんな中だった。次の矢を何とか回避した直後、その矢の先端に火がつく。


「うそっ……!」


 目の前を、赤とオレンジの閃光が包んだと思った時には、正臣の身体はドボンと真下の池に落ちていた。


 ×××


「嘘、だろ……」


 水の中に沈んでいく正臣を見て、クインは声を漏らす。

 優勢だと思っていた。速度と物をうまく使って捕まらないように立ち回り、押せば行けるものだと。

 しかし……思い返すとそんなに押せていたわけでもない気がした。互角に戦ってはいたが、向こうも要所要所の攻撃を防いでいたし、目立った外傷があったわけではない。

 つまり……ドワーフが本気になると、人間なんてやはり瞬殺ということなのかもしれない……。

 一瞬、見えた希望だったが……やはり、人間ではドワーフに勝てないのか……?


「マサオミ……!」


 奥歯を噛み締める。自分に、もっと力があったならば……一緒に肩を並べて戦っていられたのなら、勝てたかもしれないのに……。

 悔しさのあまり奥歯を噛み締めているクインの頭上を、浮かび上がったカバシが移動し、池の上で止まり、弓を構える。

 まさか……トドメを刺しに行った?


「っ……!」


 まずい、正臣が殺される。それを……自分は黙って見ているつもりか?

 そんなの……絶対ダメだ。正臣は、ここまで自分のために命をかけてくれた。ならば……今度は自分が正臣のために命をかける番だ。

 もう、殺されたって構わない。正臣が殺されるなら、自分も一緒にだ。


「ま、待て!」


 正臣から借りた杖を、カバシに向ける。浮いているカバシは、興味なさそうにこちらへ視線を向けた。


「……なんだ、まだいたのか」

「ま、マサオミを見逃せ……!」

「そりゃ無理だ。ここまで俺様をコケにしたんだ。四肢を捥いで彫刻みてェに部屋に飾るくらいさせてもらわねェと気が済まねェ」

「ーっ……!」


 生粋のサイコパスだ。なんてことを思いつき、口にするのか。


「言っとくけど、お前もだ。逃がしゃしねェ。人間のガキの分際で生意気に楯突いた奴は、生きている事さえ後悔させてやる。生物的に教えてやるよ。お前らじゃ、どう足掻いたって俺ら亜人種には勝てねェってことをな」

「ーっ……!」


 背筋が逆立つ。自分も……そんな風に。正直、そこまで楽しい人生でもなかったとはいえ、そんな猟奇的に殺されるのはゴメンだ。

 ……だが、誇れる事なんてない人生であったとしても、その上で助けてくれた人を見捨てるような真似をすれば、恥の上塗りだ。

 デリカシーはないし、人と話すことも出来ないどころか自分より弱い奴にもビビる、そんな男だけど……でも、見捨てられない。


「それでも……マサオミは見逃せ!」

「……バカなガキだぜ」


 そう言いながら……カバシは弓をこちらに向けて振り絞った。


 ×××


 スペル魔法で温度魔法を発動させ、仕込んでおいた矢を起爆させたらしい……と、池の底でぼんやりと思う。

 おそらく、矢筒の矢は全てこういうギミックがついているのだろう。こうしてただの矢だと思われせて使うためのものだ。

 顔が熱い。焦げている気がする。体も熱い。具合が悪い気がする。耳が痛い。五感が機能していない気がする。

 こちらが何発相手に入れようと、向こうの一発にも満たない。ステータスがハナっから違う相手に、勝てるわけがないのかも……。


『バカ言うな、マサオミ』


 そんな言葉を思い出す。母親から聞かされた説教を、不意に思い出した。


『フィジカル、魔力の質、持っている能力が自分より遥かに上でも、死なない生物はいない』


 そうだ……そうだった。そんな事を言われた。キマイラを前にパニックになりかけた時だ。


『弱点は生き物によって違うものもあるが……共通しているものもあると教えたはずだが?』


 ……そうだ、その通りだ。それも教わった。なのに……友達の命がかかっているのに……それを把握していながら、諦めるつもりか?

 そんなの……絶対にダメだ。


「っ!」


 目を開き、真上を見る。目に入ったのは、水上で弓を構えるドワーフの姿。何を狙っているのかなんて、一つしかない。

 反射的に頭の中で浮かべた作戦を一気に実行した。

 まずは、水中の岩を真上に飛ばす。


「!」


 それをカバシが防いでいる隙に、岩を上げたことで出来た水飛沫の中から、カバシを浮遊魔法で捉えた。


「っ……今更、こんな拘束が通じるか!」


 ゴリ押しでカバシはその拘束を解こうとする……が、そのカバシの周囲を浮遊魔法で持ち上げた水で包み込む。


「ガボっ……!?」


 第一段階の狙いは……相手に窒息を狙っていると思わせること。水中に住んでいる生物以外は、長く水の中にいられるわけがない。

 中でジタバタとモガくカバシ。その後に続いて、マサオミも水から出ていった。浮遊魔法で内側のカバシを拘束した上で、さらに水の牢獄をも浮かせ続けている。


「! マサオミ……!」


 少しだけ弾んだ感じのクインの声が耳まで届く。そのまま水をキープさせながら、自身の身体を浮かせつつゆっくりと水牢まで近付ける。

 ……が、中にいるカバシもやられっぱなしではない。

 全身から浮遊魔法を解き放ちながら、自身を包んでいる浮遊魔法を外側の水諸共吹き飛ばした。


「だァからッ……ナメんなってんだよガキがァッ!!」


 そう怒号を走らせるカバシだが、ふと目を丸くする。正臣が、今の間に矢筒から盗んだ矢を握り締めて、接近して来ていたからだ。

 狙いは、喉。首にものが刺さって生きていられる生物はいない。

 一気にカバシの喉仏へと矢を握りしめて振り抜きに行く……が、その腕をカバシは掴んだ。


「バカが……ドワーフに人間が近接戦をする気か?」


 ギュウッと力を込められ、腕から軋む音がする。イエティに握り締められているような痛みに、矢を落としてしまう。


「狙いは悪くねェけどよ、種族の違いくら」


 そこで、カバシのセリフは止まった。何故なら、その正臣の背後から二本目の矢が飛んできて、目に突き刺さったからだ。

 生物なら、確実に目も弱点であることは間違いない。確実に仕留めるため、自身を囮にして一撃でかました。

 自分の腕を掴んでいたカバシの手からは力が抜け、自由落下する。

 だが、正臣も集中していた神経の線が切れ、そのまま失神して落下した。


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